出典:片山さつきX(@satsukikatayama)
将来の安心を買うために現在の生活を犠牲にする若者たち
資産運用が当たり前の時代になり、貯蓄から投資へというスローガンは着実に浸透しました。しかし、その裏側で極端な節約を強いられるNISA貧乏という歪な現象が起きています。3月10日の衆議院財務金融委員会にて、国民民主党の田中健議員がこの言葉を引き合いに出し、若者の投資実態について片山財務大臣に見解を求めました。将来の2000万円、3000万円という不足額に怯え、20代という貴重な時期の自己投資や消費を削ってまでインデックス投資に没頭する姿に、大臣もショックを受けたと言及しました。
田中議員は、公的年金に期待できないという不安から、積み立て自体が目的化している現状を指摘しました。本来、投資は余剰資金で行うのが鉄則ですが、実質賃金が伸び悩みインフレが続く中で、生活を切り詰めてでも入金力を高めようとする強迫観念が若者を支配しています。これが結果として国内の消費を冷え込ませ、結婚や出産といったライフイベントを遠ざける要因になっているという皮肉な構造です。
SNS上では、この議論に対して切実な声が相次いでいます。
『将来が不安すぎて新NISAに全振りしているけど、たまに何のために生きてるかわからなくなる』
『今の生活を犠牲にしてまで老後の資金を貯めるのは本末転倒な気がする』
『国が投資を推奨しておいて、いざ若者が必死にやりだすとショックを受けるというのは無責任ではないか』
『結局、給料が上がらないから投資に頼るしかない。政治がそこを解決してほしい』
片山大臣は、最適な資産運用だけでなく、毎月の収入の使い方も含めた金融経済教育の重要性を認めました。しかし、教育で解決できるのはあくまで手法の話であり、根底にある将来不安を取り除くのは政治の役割に他なりません。投資に熱中するあまり、今の自分を育てる資金まで削ってしまうのは、国家にとっても個人にとっても大きな損失です。バランスを欠いた資産形成が、少子化や経済停滞をさらに加速させるという皮肉に、私たちはもっと自覚的になるべきでしょう。
将来の安心を1円単位で計算する緻密さがあるならば、その知性を今の生活を豊かにするため、あるいは社会の歪みを変えるための行動にも向けるべきではないでしょうか。
数字上の資産が増えても、心が貧しくなっては意味がありません。














