「自分たちで考えたことだから失敗から学んだでしょ」失敗を全部現場に押しつけた新人主任→新年度の異動辞令で見えた結末
新人主任のはぐらかしと、現場で消化される違和感
新園の開園準備で職員室がまだ段ボールに囲まれていた頃から、その違和感は始まっていました。
主任の席に手を挙げたのは、保育経験1年半の同僚です。役職と人の上に立つことがこの上なく好きな性格だったので、現場のクラス担任たちは小さく息を呑みつつ、納得もしたのでした。
問題は、新人主任のもとに相談を持ち込んだ後でした。クラスで起きた小さなトラブル、保護者からの問い合わせ、行事準備の段取り。どの相談に対しても、彼女は静かに微笑むだけで、具体的な指示を返してくれません。
「私が答えを言うのは簡単だけど自分で考えることが大事だから」
当初は、新人を育てる立場としての言葉なのだろう、と受け止めていた人もいました。
けれど何度繰り返されても具体的な助言が返ってこないと、現場側は気づき始めます。
答えを温存しているのではなく、答えを持っていないだけだと。
責任転嫁の繰り返しが連帯を生んだ瞬間
うまく事が運んだ日は、園長への報告書の主語が「私」に置き換わっていました。
「私がフォローして見守ったから、無事におさまりました」
クラス担任が朝から走り回って収めた行事も、職員会議で語られる頃には、新人主任のリードで成功した出来事として整っているのです。
逆に、現場の対応がうまくいかなかった日には、ぴたりと立場が反転しました。
「自分たちで考えたことだから失敗から学んだでしょ」
失敗の輪から自分だけ外側に足を引き、振り返りの場で上から目線の総括を述べていく。
職員室で交わされる雑談の話題が、子どもたちの可愛い瞬間から、彼女の口癖の話へと、ゆるやかに移り変わっていきました。
誰かが小さく口真似をすれば、別の誰かが苦笑する。最初は笑い話として消費されていた違和感が、半年を過ぎる頃には、はっきりとした不満の塊になっていたのです。
転機になったのは、園庭でのケガが続いた一週間を受けた再発防止検討の場でした。
クラス担任たちが、それまで主任の手柄話で塗り替えられてきた出来事を、ひとつひとつ事実ベースで並べ直し、園長に説明したのです。
誰の判断で動いた場面か、誰がどの段階でフォローに入ったのか。
並べ替えられた時系列の前で、新人主任の役割は、彼女自身が語ってきた像とはずいぶん違って見えました。
新年度の人事発表で、主任の名前はかなり小規模な姉妹園への異動辞令として読み上げられます。
職員室では誰も声を上げず、それぞれの机で静かに目線を落としただけ。
はぐらかしの口癖がもう聞こえてこない朝の打ち合わせの空気の軽さが、現場の連帯が出した答えだったのだと、クラス担任たちは静かに噛みしめていました。
※tendが独自に実施したアンケートで集めた、40代・女性読者様の体験談をもとに記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














