「あの嫁、躾がなってないのよ」と悪口ばかり言う親戚を見てきた幼少期。だが、大人になり、祖母の三回忌で驚きの事実を知った
幼い頃の私が呑み込んでいた違和感の正体
祖父母の家のリビングは、お盆と正月になると親戚で埋まりました。
父方の祖母が一番奥の座椅子にどっしりと腰を据え、その斜め向かいに必ず腰を下ろしていたのが、父の兄の妻にあたる伯母です。
子どもの私は、隣の和室で従姉と人形を並べながらも、襖の向こうから流れてくる大人たちの声に耳をそばだてていました。
祖母と伯母の口は、誰かを褒めるためにはほとんど使われません。
今日は誰々さんがお洒落をしすぎだったとか、隣家の長女が短大しか出ていないとか、近所の奥さんの料理が雑だとか、そんな話ばかりが続いていきます。
お正月のお屠蘇で頬を赤くした伯母は、いつも一段と饒舌になりました。
隣の和室にも届く声で、ご近所の家庭事情を切り刻んでいくのです。とりわけ強く覚えているのは、伯母の声でした。
「あの嫁、躾がなってないのよ」
祖母が、よく分かっていると言いたげに何度も頷きます。
父も、私の母も、台所に立った叔母も、誰一人として相槌を打たない。
けれど、はっきり止める人もいませんでした。襖越しに聞こえてくる二人の声色は、いつも妙に弾んでいて、子ども心に背中の真ん中がざわっとしたものです。
幼い私は、難しい言葉を知りません。それでも、人をあれだけ蔑む大人の口調を聞きながら、漠然と感じていたのです。
この人の家の中は、たぶんあまり幸せじゃないのではないかと。
大人になった私の前で泣いていた伯母と、ようやくほどけた違和感
三十代になり、私は親戚の集まりにあまり顔を出さなくなっていました。
それでも、祖母の三回忌で久しぶりに顔を揃えた席で、母が小声で耳打ちしてきたのです。
「伯父さん、もう何度目かの浮気が見つかったらしいよ」
母がささやくところによれば、伯父は若い頃から職場でも近所でも繰り返し他の女性と関係を持っていて、伯母はそのたびに泣いては修羅場を作り、最後には我慢を選んできたのだそうです。
襖の向こうで他人の家庭の傷をあれだけ並べ立てていた伯母が、自分の夫の浮気だけは長年見ないことにしてきた、というわけでした。
その日のリビングで、伯母は化粧もせず、目元を赤くしたままお茶をすすっていました。あの頃の鋭さも、よく回っていた口も、すっかりしぼんでいます。
胸の中に、不思議と納得の感覚が静かに広がっていきました。性格は悪いかもしれない。それでも、子どもの私が呑み込み続けてきた違和感の正体に、やっと答え合わせができた瞬間だったのです。
※tendが独自に実施したアンケートで集めた、30代・女性読者様の体験談をもとに記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














