「家中の権利、まとめておいてね」入院した私が頼った兄夫婦の本性→甥が暴露した動きに凍った瞬間
病室で目を覚ました朝の違和感
カーテン越しの光で目が覚めたとき、自分がどこにいるのか、しばらく分かりませんでした。
胸に貼られた電極の冷たさで、ようやく病院だと気づきます。
急性肺炎で運ばれたと、医師から聞きました。
独り身ですから、この入院で動いてくれるのは兄夫婦しかいません。
書類のやり取りも、家の鍵の管理も、全部任せたつもりでいました。
容体が落ち着いた頃、見舞いに来てくれたのは兄の息子と娘、つまり私の甥と姪でした。
子どもの頃しか覚えていなかった彼らは、もう立派な大人になっていました。
少し雑談をしてから、年上のほうの甥が私のベッドの脇にしゃがみ込みました。
「おばさん、ごめんね」
甥の口から漏れた数日の出来事
謝られる理由が分からず、首をかしげる私に、甥はぽつぽつと話してくれました。
私が意識を失っていた間、兄夫婦はすぐ彼らに連絡を入れていたのだそうです。
用件は、見舞いではありませんでした。
家の権利関係の書類、通帳、保険の契約。
そういったものを、できる限りまとめておくようにという指示だったのです。
「家中の権利、まとめておいてね」
その短い一言で、甥たちは私の家の中を回らされていたのだといいます。
「最初は、いざというときの準備だと思って動いたんです」
けれど作業を進めるうちに、伯母の意思はどこにあるのか、本当に今やるべきことなのか、若い二人の中でも違和感が膨らんでいったといいます。
点滴の音だけが響く病室で、私の指先からゆっくり熱が引いていきました。
怒鳴る気力もありません。
ただ、これまで信じてきた家族像が、音もなく崩れていく感覚だけが残ったのです。
残ったのは年下の親戚との細い縁
退院後、私は兄夫婦と距離を置きました。
連絡をすべて返さず、年賀状も止めました。
それで困ることは、思っていたより少なかったのです。
代わりに、甥や姪が時折顔を出してくれるようになりました。
買い物の荷物を運んでくれたり、病院の付き添いを申し出てくれたりします。
「うちの親のしたことは、僕らが全部わかってます」
そう真っ直ぐに言える子たちだったのかと、五十年も近くにいたのに気づけていなかった自分が情けなくなりました。
家で静かに逝きたいという願いは、五十年生きてきた今も変わっていません。ただ、自分の身辺をどう託すかだけは、これからは自分の手で書類に残していこうと決めています。
※tendが独自に実施したアンケートで集めた、50代・女性読者様の体験談をもとに記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














