「週5で働いて、子供が心配じゃないの?」働く母を見下し続けたママ友。だが、必要なとき以外は距離を置いた
働く母への無遠慮なひと言
同じクラスのママ友とは、園の行事で顔を合わせれば普通に話す間柄でした。
「おはようございます」
「あら、今日もお仕事?大変ね」
彼女の言葉には、こちらを値踏みするような響きがときどき混じります。
私が仕事の繁忙期で慌ただしくしていたある朝、送り迎えの列で彼女はにこやかに言いました。
「週5で働いて、子供が心配じゃないの?」
「まあ、なんとか回してます」
そう返すのが精一杯で、胸の奥だけがざわついていました。
思えば、見下すような物言いは前々から続いていたのです。園庭で子どもを眺めながら、彼女はこう言ったこともありました。
「最近、お宅の子、前よりできなくなってない?」
習い事の話になれば、決まって数を持ち出します。
「うちはもう3つも上のクラスよ」
子どもがまだ鉄棒を怖がると話せば、「あら、うちはとっくにできるわよ」と即座に返してきます。
何気ない成長の話が、いつのまにか勝ち負けにされていました。
比べられるたびに、私は言葉を飲み込むしかありませんでした。
必要なとき以外は関わらない
家に帰り、その日の会話を思い返して、私はあることに気づきました。
彼女と話したあとは、決まって気持ちがどんよりと重くなっている、と。
働く母も、家にいる母も、それぞれに必死です。誰かに優劣をつけられる筋合いなど、どこにもありません。
(もう、無理に付き合わなくていい)
そう心が決まると、ふっと呼吸が楽になりました。
次の日から私は、必要なときだけ挨拶を交わす程度に、静かに距離を置くことにしたのです。
深追いをやめただけで、あれほど刺さっていたひと言が、もう届かなくなりました。
行事で近くの席になっても、私は当たり障りのない相づちだけを返します。
踏み込まないと決めた分だけ、肩の荷がひとつ、またひとつと軽くなっていきました。
あるとき、顔なじみのママが小声で打ち明けてくれました。
「実は私も、あの人とは深く関わらないようにしてるの」
「そうだったんですね。私だけじゃなかった」
同じように線を引いている人は、ちゃんといたのです。
後日、行事の帰り道で、彼女はまた習い事の自慢を始めました。
「今度、上の級の試験を受けるの。おたくはまだよね?」
「へえ、すごいですね」
私は軽くそう返し、子どもの手を引いて先に歩き出しました。
張り合わなくていい。関わらなければ、心はこんなにも凪いでいる。
物足りなそうな彼女の声を背中で聞きながら、私の足取りは驚くほど軽くなっていました。
※tendが独自に実施したアンケートで集めた、30代・女性読者様の体験談をもとに記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














