「あのタオル、社長が怒ってやめたって」遠い存在だった社長からの労い。だが、同僚から聞いた事実に絶句
届くと信じて待っていた
その会社では、経営者が社員に何かを贈るなんて出来事は、めったに起きなかった。
普段は口数も少なく、こちらの顔さえろくに見ない人だ。だからこそ、全員にタオルを配るという話が出たときの、あのざわついた空気は、今でもよく覚えている。
数十人いる社員のひとりだった私も、正直あてにしていた。物が欲しかったわけではない。ただ、いつも遠い存在だった経営者が、ほんの少しでもこちらを向いてくれた気がして、それが妙にうれしかったのだ。
同僚たちも同じで、休憩時間のたびに、しばらくはその話で持ちきりだった。
配られるのはいつだろう。そんな小さな期待を抱えたまま、私は日々の仕事に戻った。
ところが待てど暮らせど、タオルは一枚も届かない。手ぶらの日が、ただ淡々と積み重なっていった。
そのうち発注に時間がかかっているのだろうと、勝手に自分を納得させるようになった。年度末の忙しさもあるし、そういうものは後回しになりがちだ。自分から催促するのも、どこか浅ましく思えて、口には出せなかった。
そう思って、私はいつしか待つことにも慣れていった。
一か月、二か月。
時間だけが静かに過ぎていった。誰かが催促するでもなく、話題は自然と会話から消えていった。すっかり忘れかけていた頃、私は同僚の口から、思いがけない一言を聞くことになる。
消えた約束の行き先
給湯室で顔を合わせた同僚に、私はふと例のタオルのことを口にした。
あれ、結局どうなったんでしょうね、と。
すると相手は、周りを気にするように少しだけ声を落として、こう言った。
「あのタオル、社長が怒ってやめたって」
聞けば、経営者は何かのきっかけで機嫌を損ね、贈答そのものを白紙に戻したのだという。
しかも、その決定は通達されていなかった。
全員に贈ると高らかに宣言したその口で、取りやめた事実だけは黙ったまま押し通したのだ。
私は怒りよりも先に、うすら寒いものを感じた。もらえなかったことが惜しいのではない。あれだけ大勢を期待させておいて、幕を引いたことすら知らせない。
誰の胸にも小さなしこりを残したまま、当の本人だけが平然としている。その静かな身勝手さが、妙に恐ろしかった。
結局、あのタオルがどうなったのか、正式な説明は一度もなかった。問いただす人もいないまま、無かったことにされた約束は、誰の記憶からも少しずつ薄れていく。
ただ私だけが、あの日の給湯室の小声を、今もときどき思い出す。人の心変わりの、その手触りの冷たさとともに。
※tendが独自に実施したアンケートで集めた、30代・女性読者様の体験談をもとに記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














