
ゴスペラーズの黒沢薫さんがSNSで綴った政治への私見が波紋。今の社会を天災と諦めず、主権者として声を上げるべきだと説く
ステージで響かせる甘い旋律。それとは対照的な、現実を冷徹に見つめる言葉がスマホの画面を震わせました。ゴスペラーズの黒沢薫さんが、自身のSNSで政治や社会問題に対する自説をまっすぐに綴っています。
政治家を雲の上の存在として崇めるべきでしょうか。いいえ、私たちの幸せを預かる実務家として捉え直すべきなのです。彼はそう、静かに、けれど力強く語りかけます。「今の状況は天災ではない。」この一文に込められた、重く、鋭い質感。閉塞感に満ちた現代を、抗えない自然災害のように受け入れて膝をつくのではなく、自分たちの意思で変えていける。そんな、一人の市民としての切実な祈りに似た叫びが、そこにはありました。
この発信に対し、SNSの海は一気に荒れ模様を見せています。有名人が政治を語ることへの根強い違和感。それ以上に、発信する側に求められる責任の重さについて、峻烈な言葉が並びました。
ネットの底から湧き上がる声は、驚くほど現実的です。
『何を発言しようと自由だと思いますし、政治について意見を言うこと自体を否定する気はありません。ただ、自分は批判するけど、自分への批判は「叩き」だとして許さないという姿勢には違和感があります』
自由に言葉を放つ切符を手にしたのなら、その裏面に記された、反論という名の冷たい風も引き受ける。そんな、対等な議論を求める視線が突き刺さります。
また、ある種の温度差を吐露する人もいます。
『発言するのは自由だけれど、政治的な色がつくことや、反論を受けることの覚悟も必要。』
一方で、彼の勇気に救われたような感覚を持つ人たちも、確かに存在します。
『日本国民が気付いていないことや、分かっていないことを、伝えていくことは大切だと思います。著名人の方々の呼びかけで、初めて本当の事を知る国民もいるのです』
濁流のような情報の中で、見知った顔の、聞き慣れた声が放つ言葉。それが重い腰を上げる一助になる。
その事実もまた、無視はできません。














