「もう一緒に暮らせない」産後、態度が大きく変わった夫。後日、家に来た義母の信じられない一言に絶句
義母が泊まりで来た週末
2人目を産んでから、夫の長男への当たりが強くなった。
私は何度か話し合いを試みたが、夫は黙るばかりで一向に変わらなかった。
「もう一緒に暮らせない」と伝えた翌週末、義母が泊まりで来ると連絡があった。夫が連絡を入れたのだろう。
しかし義母は、到着してからも私や子どもたちの世話をするわけでもなく、夫とずっと一緒にいた。
3人で食事をして、夜になっても会話は主に夫と義母の間で続いていた。私はその輪の少し外に座っているような感じで、一日が過ぎた。
帰り支度が終わった頃、義母が私に声をかけてきた。
「あの子が心配なの」
そう切り出して、「少し話せる?」と続けた。
夫を心配しているのだと、そのとき私はまだそう受け取っていた。
同じ言葉が繰り返された
私はこの機会に正直に話した。長男への当たりが強くなったこと。話し合いにならないこと。
「もう一緒に暮らせない」という言葉が出てしまったのは本当に追い詰められていたからで、決して軽い気持ちではないこと。
義母は黙って聞いていた。しばらく間があって、口を開いた。
「あの子は甘えん坊だから」
私が話した内容に対する言葉として、まったく噛み合っていなかった。
もう少し具体的に伝えようとした。義母はまた少し沈黙して、同じ言葉を返した。
「あの子は甘えん坊だから」
おかしいとは思った。でも義母に悪気はないのかもしれないと、どこかで思いたい気持ちもあった。
「暮らせないという言葉が出たのは、それだけの理由があるからです。そんな簡単に言える言葉じゃないとわかってほしい」とはっきり伝えた。
義母はしばらく黙った。
そして、ぽつりと低い声で言った。
「あんたが我慢すればいいでしょ」
息が止まりそうになった。今までの柔らかい口調が、ふっと硬く変わった瞬間だった。
何かが腑に落ちた。届いていないのではない。
最初から、私の話を受け取るつもりがないのだと。義母の中では、「あの子は甘えん坊」で私の話のすべてに説明がついている。
長男への当たりも、話し合いにならないことも、私が追い詰められたことも。それを聞いてどうするか、義母は最初から考えていなかったのかもしれない。
義母が玄関から出て行った。扉が閉まる音がした。部屋の中がひと気なく静まり返って、背筋に冷たいものが走った。
夫に伝えても黙り込む。義母に話しても同じ言葉が返る。この家の問題を持ち出す場所がない重さが、あの夜以来のしかかっている。
※tendが独自に実施したアンケートで集めた、30代・女性読者様の体験談をもとに記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














