「お姉さん、ありがとう!」朝から仕事が最悪だった私→自転車でふらつく小学生を支えた瞬間に届いた一言
朝から小さなモヤモヤが積み重なった日
その日は最初から調子が出なかった。
昼休みに職場の電子レンジを使おうとしたら、庫内に汚れが残ったままだった。
前の人が気づかないふりをして使い続けているのが分かり、結局自分で拭いた。
特別大きなことではなかったけれど、損した気分が消えないまま、午後の仕事も流れが悪かった。小さなすれ違いがいくつか重なって、退勤する頃には心がずいぶん重くなっていた。
夕方に退勤して最寄り駅に向かうとき、早く帰ってしまいたいとだけ思っていた。
空も心もくすんだまま、いつもの道を歩いていた。駅近くの公園の脇を通る細い道へ差し掛かったとき、前方でランドセルを背負った子どもが自転車をふらつかせているのが見えた。
重い荷物のせいか、ハンドルが定まらず縁石へ傾いていた。
迷う間もなく、歩みを止めて手が出ていた。
細道で声が弾んだ瞬間
サドルの後ろをつかんで支えると、子どもがぐっと立て直した。振り返った顔が笑っていた。
「お姉さん、ありがとう!」
声が弾んでいた。遠慮も間もなかった。言い終わった次の瞬間にはもうペダルを漕いで走り去っていた。背中が小さくなって角を曲がり、細道に静けさが戻った。
立ち尽くした場所に、さっきまでのくすんだ気分がなかった。
大人の世界では、感謝を伝えるにも段取りがある。
まず「申し訳ありません」が来て、「お手数をおかけして」が続き、それからようやく「ありがとうございます」になる。
それが当たり前になっていたから、あのまっすぐな一言がかえって胸に刺さった。
こんなに澄んだお礼は、久しぶりだった。助けた側がこんなに元気をもらうのは、おかしな話かもしれない。
でも、確かにそうなった。言葉に余計なものがついていない分、まっすぐに届いた。
何もなかった1日が、少し違う顔になった
帰宅してから、電子レンジのことは思い出さなかった。午後の停滞感もどこかに消えていた。夕焼けの中をいつもより少し軽い足取りで歩いて帰ったことだけ、はっきり覚えている。
大したことは何もしていない。
転びかけた子どもを支えただけだ。それでも、もらった元気の大きさが、かけた手間と不釣り合いなほど大きかった。
こういう瞬間のために、帰り道があるのかもしれないとも思った。
くすんだ1日の終わりに、あんな瞬間がある。それだけで、帰り道はずいぶん変わるものだと思った。人から何かをもらうとき、それが言葉一つでも十分なことがある。
あの細道を通るたびに、今もふと思い出す。
※tendが独自に実施したアンケートで集めた、30代・女性読者様の体験談をもとに記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














