「嫁がいてくれると楽ね」と当たり前のように言う義母。だが、初めて義実家に行くのをサボった結果
何年も黙って台所に立ってきた
夫の実家では法事のたびに、接待の段取りをするのが私の仕事だった。
お茶を入れ、料理を運び、食器を洗い、親戚が帰るまで台所を離れられない。
姑は客間にいて、挨拶を受けている側だった。
「嫁がいてくれると楽ね」という言葉は何度も聞いた。
感謝のようでいて、そうあり続けることを求める言葉でもあった。
何年もそれに応じてきた。声に出して断ったことは一度もない。
でも正直なところ、台所に立つたびに疲れが積もっていた。親戚の笑い声が聞こえるたびに、私だけが場の外にいるような感覚があった。
誰かに交代してほしいとか、姑に感謝されたいとか、そういう気持ちよりも、ただ純粋に休みたいという気持ちが大きくなっていた。
夫に相談したことも一度だけあったが、「お袋もああいう人だから」と言われておしまいだった。
それ以来、言っても変わらないと思うようになった。法事の前になると、また台所に立つ自分の姿が思い浮かんで、気が重くなった。
そんなとき、法事の案内が届いた。
日付を確認すると、ずっと行きたかった好きな歌手のコンサートと重なっていた。チケットはすでに購入していた。
断った日に、姑が見せた素顔
「体の具合が悪くて、今日は行けません」
当日の朝、姑へ電話をかけた。
姑は「そうですか」と答えた。
夫だけが実家へ向かった。
私は会場へ行き、好きな歌手の歌声を久しぶりにたっぷりと聴いた。照明が落ちた瞬間から、何かが肩から下りていくような感じがした。
終演後も、帰り道の空気がいつもより軽かった。
夜に帰宅した夫が言った。
「お袋がバタバタしてたよ。お茶の出し方も分からないって言って、俺に聞いてきた」
いつも台所に立たない姑が、私なしでは段取りをまったく組めなかった。
お茶の出し方も湯呑の数も把握していなかったらしい。客間で挨拶を受けていた人が、台所に回された途端に動けなくなった。毎回当たり前のようにこなしてきたことが、実は誰も把握していなかったのだとわかった瞬間だった。
怒りとも違う、すっきりとした気持ちが広がった。自分の時間を取り戻した満足と、長年の重荷が少し下りた感覚が混ざり合っていた。歌手の余韻と夫の話が、同じ夜の中で静かに重なった。
次の法事の案内が来たとき、私はまた自分のスケジュールをきちんと確認しようと思っている。あの一日が、私の中で小さな分岐点になった。
※tendが独自に実施したアンケートで集めた、60代以上・女性読者様の体験談をもとに記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














