「譲ればいいのに」優先席で騒ぐカップル。曇ったガラスに浮かんだ文字で車内が静まり返った夜
優先席を占領する二人
帰宅ラッシュの電車で席が取れたのは、久しぶりのことだった。
座席に落ち着いた途端、車内のざわつきが気になり始めた。
音の出どころをたどると、優先席に座る男女のカップルだった。
遊び帰りとおぼしき二人は、隣の乗客などどこ吹く風でにぎやかに話し続けている。
近くには荷物を抱えた年配の男性が立っていた。
二人の視線はその人を素通りし、互いの顔だけを向いている。
新しく乗り込んできた女性が周囲を見回しても、二人は席を詰めることなく会話を続けた。
周囲の乗客も気づいているようで、無言のままちらりと様子をうかがっていた。
(譲ればいいのに)
それでも誰も声に出せない。そういう重さが車内にじわりと漂っていた。
乗客それぞれが「自分が言うことでもない」と思いながら、ただ目線を遠ざけている。
「気にしても仕方ない」と目線を窓に逃がした、そのときだった。
曇ったガラスに浮かんだ文字
電車がトンネルに差し掛かり、あたりが暗くなった。
窓ガラスが鏡に変わり、優先席のあたりが車内に映り込む。
そのガラスに、文字があった。
「空気読めないカップル」
指書きか結露か、くっきりした文字が優先席の窓に浮かんでいる。
近くの乗客が気づき、口元を手で覆った。
隣の人も肩を震わせている。
こらえきれない笑いが、静かに広がっていった。
目が合った見知らぬ乗客と、互いに顔を背けながらも同じものを堪えていた。
二人も視線をガラスに向けた。
並んだ文字を見た瞬間、会話が止まった。
しばらく黙ったまま顔を見合わせ、次の駅のアナウンスが流れると、無言で立ち上がった。
ドアが開くと同時に足早に降りていった。
がらんとした優先席に年配の男性が静かに腰を下ろした。
車内の空気がすっと落ち着き、窓の外には夜の風景が流れていった。
疲れた肩の力がゆっくりと抜けていくのを感じながら、あの文字が誰の仕業なのかを少しだけ考えた。
答えはわからなかったが、それでも長い通勤生活の中で、あれほど静かにすっきりした夜はそうそうなかった。帰りの電車で座れたこと以上に、その夜の記憶は今も残っている。
※tendが独自に実施したアンケートで集めた、50代・男性読者様の体験談をもとに記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














