「間違えた!」グループチャットに届いた私だけ仲間外れのランチ会の写真。だが、小学校の先生の言葉で報われたワケ
送られてきた一枚の集合写真
子どもが小学生だった頃、地区の順番で引き受けたPTA役員のグループチャットでのことだ。
その日も平日の夜、台所を片付けて保護者への連絡文を打ち終え、画面を閉じようとしたところで新しい投稿の通知が鳴った。
役員メンバー全員が入っているグループに、見覚えのない写真が一枚だけ流れていた。
イタリアンの店内で、こちらを除く全員がにこやかにテーブルを囲んでいる。
パスタとサラダが並ぶ昼下がりの店内、呼ばれていないランチ会だと、皿の数と顔ぶれで察しがついた。
数秒後、慌てたように短いメッセージが続いた。
「間違えた!」
その一言だけで、こちらの席が用意されていないことがはっきりとした。
スマホを握ったまま、しばらく画面の明かりを見つめていた。
遡れば積もっていた違和感
振り返れば伏線はいくつもあった。
最初は感じのいいママ友たちだったのに、夏休み明けあたりから雰囲気が変わっていた。
「できる人がやればいいよね」
誰かの呟きを境に、ベルマーク集計も保護者会の資料準備も、運動会のリハーサル連絡まで、こちらへ流れてくるようになっていた。
グループチャットでこちらの送信だけ反応が薄く、後から別の場所で物事が決まっているのも気になっていた。
役員会のあとの「お疲れさま会」を知らされなかったこともある。
仕事の合間を縫って印刷所に連絡し、子どもを習い事に送りながら電話連絡を回した日々のことが頭をよぎる。
何のためにここまで動いてきたのかと、画面の明かりを浴びながら自問していた。
そこへ届いた誤爆だ。
違和感のすべてが線でつながった夜だった。
翌朝も画面を開く気にはなれず、子どもの登校準備をする手だけが機械的に動いていた。
転機は年度末の引き継ぎの場だった。担任の先生が保護者全員の前で告げた。
「今年は一番動いてくださって本当に助かりました」
居並ぶメンバーの顔から表情が抜け落ちる。ぎこちない拍手が静かに流れた。
その瞬間、押し付けの一年が誰かに見られていたのだと分かった。
報われたという言葉では足りない、胸がほどけていく感覚だった。
翌年からは無理に輪へ入ろうとせず、必要な連絡だけを丁寧に返した。
距離を保つほどに楽になるのだと、あの誤爆と先生の一言が同時に教えてくれていた。
※tendが独自に実施したアンケートで集めた、50代・女性読者様の体験談をもとに記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














