母親「あの子にいじめられたって泣いてるんです」と園に猛抗議。だが、調査してわかった事実で態度が一変
電話越しの強い声
幼稚園に勤めていたときのこと。
降園後、一本の電話が入った。受話器を取ると、我が子を案じる母親の張りつめた声が飛び込んできた。
「あの子にいじめられたって泣いてるんです」
給食セットを取られた、と言っているらしい。声には、怒りと不安が入りまじっていた。
「先生、ちゃんと見ていたんですか」
子どもの訴えを、軽く扱うわけにはいかない。私は「明日、必ず確認します」と約束して、電話を切った。
翌朝、私は当事者の子たちひとりひとりに、責めない口調で話を聞いていった。
「給食のお片づけのとき、どんなことがあったか、教えてくれる?」
子どもたちは、思い思いに昨日の様子を話してくれる。
同僚にも、近くで見ていた場面を確かめてもらった。話のかけらを一つずつ並べていくと、最初に聞いていた絵とは、少しずつ違う形が浮かび上がってきた。
加害も被害も、同じ子
確認を重ねるうちに、輪郭がはっきりしてきた。給食セットを取ったのは、訴えてきた母親の、その子本人だったのだ。
やったことを、家では「やられた」と話していた。
小さな子が、叱られたくない一心で話を作り変えるのは、発達のうえでよくあることだ。
だからこそ、頭から「嘘つき」と決めつけてはいけない。
「お母さん、落ち着いて聞いていただけますか」
私はその日のうちに電話をかけた。
事実を、ひとつずつ、やわらかい言葉で伝えていく。
「取ってしまったのは、お子さんのほうだったんです」
沈黙が落ちた。母親は何度か言いかけて、そのたびに言葉を飲み込んだ。
「……信じられません。でも、先生がそう言うなら」
声が、少しずつ小さくなっていく。翌日、丁寧な詫びの手紙が園に届いた。長い文面の最後は、震えるような筆跡だった。
三度目に折り合った母
同じすれ違いは、それから三度くり返された。三度目の確認を終えて電話をすると、母親はしばらく言葉を探していた。
「この子、嘘をつくこともあるんですね」
突き放すのではなく、ようやく受け止めた声だった。
我が子を疑わない強さと、現実を見る冷静さが、ひとつになった瞬間だった。
「お子さんを思う気持ちは、いつも伝わっていますよ」
私がそう返すと、電話の向こうで母親が小さく洟をすすった。
「先生、いつも確かめてくれて、ありがとうございます」
それからの彼女は、何かが起きると真っ先にこう言うようになった。
「まず、事実を確認していただけますか」
園を一方的に責めていた頃とは、まるで別人だった。
子を守る母であることは変わらないまま、決めつける前に立ち止まれる人になっていた。こじれずに済んで、本当によかったと思う。
※tendが独自に実施したアンケートで集めた、30代・女性読者様の体験談をもとに記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














