「保育園ダメって言ったの誰ですか」私に働けと迫る義母。だが、過去の発言を蒸し返された結果
義母の言葉で、私は保育園を諦めた
結婚して、子どもを授かる前のことでした。
義母は口ぐせのように、私にこう言っていました。
「小さいうちは、母親がそばにいてあげないと可哀想よ」
実際、近所に住む義妹の子どもたちは幼稚園に上がるまで自宅で過ごし、義母も進んで子守りをしていました。
それが義母にとっての「当たり前」だったのだと思います。
「女の子二人とも、私が見てあげたのよ」
義母は、そう言って誇らしげでした。
やがて私も母になりました。
できれば保育園に預けて働きたい。そう考えていたのに、義母のあの言葉が頭から離れません。
実家も義実家も遠く、夫は仕事で忙しく、私が一人で抱えるしかない毎日でした。
市役所でもらった入園案内を、何度も開いては閉じました。
悩んだ末、私は保育園もフルタイムの仕事も諦めました。
職場の託児室を使わせてもらい、短い時間だけパートに出る道を選んだのです。
「これでいいんだ」と、自分に言い聞かせていました。
昼下がりの一言で、立場が入れ替わった
三年ほど過ぎた、ある昼下がりのことでした。
家に来た義母が、私のパート勤めを聞いて、不満そうに言いました。
「そんな短い時間じゃ、もったいないでしょう」
保育園に入れれば、もっと働けるのに。どうして入れないの、と。
あまりの変わりように、しばらく言葉が出ませんでした。
「今は共働きが当たり前なんだから、あなたももっと稼がないと」
義母は、当然のように続けます。
あれほど「可哀想」と繰り返して、私に家にいることを望んだのは、義母自身だったのです。
私は湯呑みを置き、努めて穏やかに聞き返しました。
「保育園ダメって言ったの誰ですか」
義母の頬が、みるみるこわばっていきます。
「……そんなこと、言ったかしら」
口ではそう言いながらも、視線は落ち着きなく宙をさまよっていました。
やがて何も言い返せなくなり、義母は静かに黙り込みます。
台所から戻ってきた夫も、「母さん、ずっと反対してたよね」と加勢してくれました。
義母は肩をすぼめ、それきり口を閉ざしてしまいます。
気まずさをごまかすように、義母はぬるくなったお茶に口をつけました。
あの日を境に、義母は私の働き方に口を挟まなくなりました。
顔を合わせても、どこか気まずそうに、あの話題を避けるようになったのです。
言われるまま諦めてきた数年に、やっと区切りをつけられた気がしました。
※tendが独自に実施したアンケートで集めた、30代・女性読者様の体験談をもとに記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














