「やだ、おりる」満員電車で泣く子供と謝る母親。だが、スーツ姿の男性の行動で状況が一変
押し込まれた車内で、子どもが泣き出した
その朝の電車は、扉が閉まるたびに人が押し込まれるほど混んでいました。私は運よく座れていましたが、目の前に立つ人の鞄が膝に当たり、ほとんど身動きが取れません。
二つ目の駅で、小さな子どもを連れた母親が乗ってきました。子どもは母親にしがみつきながら、すぐにぐずり始めました。
「やだ、おりる…」
母親は子どもを抱き寄せ、「もう少しだからね」となだめながら、周囲へ何度も頭を下げています。
「すみません、うるさくして」
責める人はいませんでした。それでも静かな車内で泣き声だけが響き、母親が困っていることは伝わってきました。
私も席を譲ろうとしましたが、人が詰まっていて、すぐには立ち上がれません。
そのとき、母親の近くに立っていたスーツ姿の男性が、鞄から小さな絵本を取り出しました。
男性が子どもから見える位置でページを開くと、泣いていた子どもがふっと顔を上げました。
「…あ」
少しずつ泣き声が小さくなり、子どもの目が絵を追い始めました。
「うちのも、この時間はだめでしたから」
母親が「すみません」と言いかけると、男性は首を横に振りました。
「うちのも、電車はだめでしたから」
その言葉を聞いて、母親も少しほっとしたようでした。
ちょうどそのころ、次の駅が近づいて車内の人が少し動き始めました。私もようやく立てそうになり、近くの人に体をよけてもらって席を空けました。
「よかったら、座ってください」
「ありがとうございます」
母親は子どもを膝に抱いたまま腰を下ろしました。男性も絵本をその高さまで下げ、何ページかゆっくりめくっていました。
さっきまで泣いていた子どもは、もう声を出していませんでした。
名前も知らないまま、男性は降りていった
次の駅に着くと、男性は絵本を閉じて鞄にしまいました。どうやら、そこで降りるようです。
「ありがとうございました」
母親が頭を下げると、男性は「いえいえ」と短く返しました。
そして扉の前まで行ったところで振り返り、子どもに向かって小さく手を振りました。
「バイバイ」
子どもも母親の膝の上から手を振り返します。
扉が閉まったあと、母親はもう一度、小さく「助かった…」とつぶやきました。
名前も知らない人同士です。それでも、困っている親子にできることを静かに差し出して、そのまま降りていった男性の姿を、私は今でも覚えています。
※本記事は、tendが独自に実施したアンケートで寄せられた40代女性読者の体験談をもとに、プライバシーに配慮し、人物・状況・会話表現などを一部編集・再構成して記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














