「音楽をかけて何が悪い」隣人からの迷惑行為を我慢する毎日。だが、思わぬ光景に拍子抜けしたワケ
流れてくる煙にも耐えた日々
結婚前、ひとりで暮らしていたマンションでの話です。
隣に住んでいた人が、とにかく音に無頓着な方でした。
朝も夜もかまわず音楽を大音量で流し、ときには覚えたての楽器を鳴らします。
その調子はずれの音が壁を伝ってくると、本を読むことすらままなりませんでした。
それに輪をかけて嫌だったのが、ベランダから漂ってくるにおいです。
お香なのか、何かを燃やしているのか、白い煙がこちらの窓へと流れ込んできました。
咳き込みながら窓を閉める日が続き、思い切ってベランダ越しに声をかけたことがあります。
すると相手は、あきれた顔でこう言い放ちました。
「音楽をかけて何が悪い」
煙のことを尋ねても、自分の敷地で何をしようと勝手だ、の一点張りです。
話の通じなさに、私はすっかり気圧されてしまいました。
下手に刺激して、留守中に何をされるか分からない。そう考えると強く出ることもできず、ただやり過ごすほかありませんでした。
洗濯物を外に干すのをあきらめ、窓辺に近づくのも避ける。息をひそめるような暮らしが、いつ終わるとも知れず続いていったのです。
隣室がついに空になった日
変化は、ある休日の午前に突然おとずれました。
隣から響く物音で目を覚まし、また始まったのかと身構えたのです。
ところが玄関のドア越しに外を見ると、廊下に段ボールが積み上がっていました。
作業服の人たちが、隣室から次々と荷物を運び出しています。
まさか、あの人が出て行くのだろうか。半信半疑で見ているうちに、部屋の中はどんどん空っぽになっていきました。
夕方には、ドアに退去を知らせる貼り紙が残るだけになっていたのです。
これまで何を言っても取り合わなかった相手が、自分の都合であっさりいなくなる。
あっけなさに脱力しながらも、胸の奥からこみ上げる喜びは抑えられませんでした。
その夜、私は久しぶりに窓を全開にしてみました。煙のにおいも、耳ざわりな音楽もない。
ただ静かな夜風が入ってくるだけで、涙がにじむほどほっとしたのを覚えています。
しばらくして越してきたのは、小さなお子さんのいる若いご家族でした。
生活音はあっても嫌なにおいはなく、廊下ですれ違えば会釈を交わす、当たり前の関係が築けたのです。
あの日々を思えば、争わずに耐えたのは正解だったのだと思います。賃貸は住み替えのきく場所で、こじれた相手とは時が経てば自然と離れられました。
今でもふと、あの澄んだ夜風を思い出します。当たり前の静けさが、どれほどありがたいものか。あの隣人が、皮肉にも教えてくれた気がしています。
※tendが独自に実施したアンケートで集めた、40代・女性読者様の体験談をもとに記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














