「若いんだから立てるだろう!」通学中に優先席に座っていた女性を責める男性。だが、別の男性の一言で空気が一変
同じ言葉を、二度ぶつけた声
朝の電車がいちばん混む時間だった。
私は優先席の近くの席に座っていて、斜め前には、通学途中らしい若い女性が優先席に腰かけていた。
膝の上に大きな鞄を抱え、顔色はあまりよくない。ときどき目を閉じて、じっと揺れに耐えているように見えた。
途中の駅から乗ってきた男性が、その女性の前で足を止めた。
少しのあいだ女性を見下ろしていたかと思うと、急に声を上げた。
「立っている人がいるのに座るのか」
女性は驚いて顔を上げた。
「え…私ですか?」
「そうだよ。立ってる人がこんなにいるだろ。立っている人がいるのに座るのか」
同じ言葉を二度言われ、女性は困ったように周囲を見た。
「すみません。朝からちょっと具合が悪くて…」
「だからって、若いんだから立てるだろう!」
「でも、本当に気分が悪くて…」
最後のほうは、ほとんど聞こえない声だった。
女性は鞄の持ち手を強く握り、そのまま立とうとするように少し腰を浮かせた。
私は「そのままでいいんじゃないですか」と言いたかった。
でも、突然始まったやり取りに驚いてしまい、すぐには声が出なかった。
席を譲られても、男性は座らなかった
そのとき、私の隣に座っていた男性が文庫本を閉じた。
そして立ち上がると、男性に声をかけた。
「座りたいんでしたら、ここどうぞ」
男性は、一瞬ぽかんとした顔をした。
「いや、俺は別に座りたいわけじゃない」
「そうなんですか」
「ただ、若い人が座ってて、立ってる人がいるから言っただけだよ」
先ほどまでより、声はずっと小さくなっていた。
席を立った男性は、それ以上何も言わなかった。
ただ空いた座席を軽く示してから、吊り革につかまった。
「俺はいいって」
男性はもう一度そう言うと、窓のほうを向いた。
車内には、なんとも言えない気まずさだけが残った。
次の駅に着くと、男性は扉が開くのを待つように前へ進み、そのままホームへ降りていった。
結局、譲られた席には一度も座らなかった。
電車が動き出してから、若い女性が吊り革につかまっている男性を見上げた。
「あの…ありがとうございました」
「いやいや。具合悪いんでしょ。無理して立たなくていいですよ」
「はい…助かりました」
女性はようやく少し肩の力を抜き、もう一度座席に深く腰を下ろした。
事情は、見ただけでは分からないこともある。それでも、あのとき二度も同じ言葉を向けられていた女性の困った顔は、今でもときどき思い出す。
※本記事は、tendが独自に実施したアンケートで寄せられた50代女性読者の体験談をもとに、プライバシーに配慮し、人物・状況・会話表現などを一部編集・再構成して記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














