「店長も知ってると思ってました」同僚から聞いた女性スタッフの話。匿名メッセージとつながった違和感
休憩室で2度下がった椅子
40代のころ、飲食店で店長をしていた。アルバイトの指導も私の仕事で、休憩室の小さなテーブルを挟んで、一人ずつ仕事を教えることがあった。
その日は、入って半年ほどの女性スタッフに、レジの締め方を説明していた。
話し始めてすぐ、彼女がぐっと身を乗り出してきた。顔を上げると、思っていた以上に距離が近い。
「店長、ここの金額って、どこと合わせればいいんでしたっけ?」
「ああ、ここね。レシートの控えと、この合計を見れば大丈夫」
私はそう答えながら、椅子を少し後ろへ引いた。
ところが彼女は気にする様子もなく、資料をのぞき込むように、またこちらへ身を乗り出してきた。
「あ、そっか。すみません、もう一回だけ教えてもらっていいですか?」
「うん。まず、こっちの数字を見て」
説明しながら、私はもう一度椅子を下げた。それでも少しすると、また同じくらいの距離まで近づいている。
彼女の表情は真面目だった。からかっているようにも見えず、本人は距離の近さを気にしていないだけなのかもしれない。
そう思うと、「ちょっと離れて」と言うほどなのか迷ってしまい、その場では何も言えなかった。
その夜、家に帰ると、妻が私の顔を見て声をかけてきた。
「今日、なんか疲れてない?」
「ああ…ちょっとね」
「何かあった?」
「新人の子に仕事教えてたんだけどさ、やたら距離が近くて。こっちが椅子を引いても、また近くまで来るんだよ」
妻は少し考えてから言った。
「それ、嫌だったんでしょ?」
「まあ…ちょっと落ち着かなかったな」
「だったら、もう少し離れてって言ってもいいんじゃない?」
「そうなんだけどさ。仕事は真面目なんだよ。本人に悪気があるのかも分からないし、言い方が難しくて」
話してみても、やはり自分の中でうまく整理できなかった。
名前のないメッセージ
同じころ、携帯には知らない相手からメッセージが届いていた。
名前の表示はなく、写真も設定されていない。
「今日も遅くまでお疲れさまです」
最初は誰かが送り先を間違えたのだろうと思い、そのままにしていた。
ところが後日、もう一通届いた。
「昨日は閉店後も残っていましたね」
今度は、思わず画面を見直した。
「…誰だ、これ」
送り先を間違えただけにしては、内容が妙に具体的だった。
気にはなったが、知らない相手に返事をするのもためらわれ、そのまま返信はしなかった。
ある朝、開店準備でテーブルを拭いていると、隣で作業していたパートの女性が声をかけてきた。
「そういえば店長、あの子から何か連絡来てません?」
「え?なんで?」
「この前、『店長の連絡先、前の店の人に聞いた』って言ってましたよ。店長も知ってるのかと思ってました」
「…いや、聞いてない」
そう答えたところで、あのメッセージを思い出した。
特に引っかかったのは、「昨日は閉店後も残っていましたね」という一文だった。
その週、私が閉店後まで一人で残ったのは棚卸しの日だけだった。そして、その日のシフトには彼女も入っていた。
もちろん、それだけでメッセージの送り主が彼女だとは決められない。
それでも、これまで別々のことだと思っていた出来事が、急に気になり始めた。
そのとき、裏口のドアが開いた。
彼女がエプロンの紐を結びながら店内へ入ってきた。
「おはようございます、店長」
「…おはよう」
彼女はいつもと変わらない様子で、私の近くまで歩いてきた。
私は無意識に半歩下がろうとしたが、後ろには拭きかけのテーブルがある。
だからといって、彼女に何かを問いただすことはしなかった。送り主だという確証がなかったからだ。
ただ、それ以降は、一対一で仕事を教えるときもできるだけほかのスタッフがいる場所を選び、必要以上に距離が近くなったときは、自分から少し場所を変えるようにした。
知らない相手から届いたメッセージにも、最後まで返事はしなかった。
結局、誰が送ってきたのかは分からないままだ。
それでもあの出来事以来、相手に悪気があるかどうかとは別に、自分が違和感を覚えたときは、無理にその距離を受け入れなくてもいいのだと思うようになった。
※本記事は、tendが独自に実施したアンケートで寄せられた40代男性読者の体験談をもとに、プライバシーに配慮し、人物・状況・会話表現などを一部編集・再構成して記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














