「私より叔父が大事なの?」始まったばかりの新婚生活。だが、毎週、叔父の家に通い詰める夫に積もる思い
受話器の向こうで待っている育ての親
新婚生活が始まって数ヶ月の土曜日。
朝のキッチンで卵を焼きながら、リビングのテーブル越しに夫を見ていた。
窓から入る初夏の光に、二人ぶんのトーストが香ばしく焼けていく時間が好きだった。
そこへ、夫のスマートフォンが鳴った。画面の名前を見て、夫が小さく笑う。
スピーカーごしに、低くてやわらかい声が漏れてくる。
「次いつ来る?」
育ての父である叔父からの、いつもと同じ問いだった。
夫の両親はすでに他界していて、子のいなかった叔父夫婦が我が子のように引き取り、惜しみなく愛情を注いで育ててきた人だ。
その背景を知っていればこそ、私は強くも言えなかった。
即答する夫と残されるトースト
夫は迷う素振りもなく、明るく返した。
「うん、今から行こうかな」
電話を切ったあと、私を見て少し申し訳なさそうに笑い、上着を取りに寝室へ消えていく。
テーブルの上では、二人ぶんのトーストとサラダが並んだままだった。
玄関で靴を履きながら、夫はもう一度こちらに振り返って言った。
「夕方には戻るから」
その言葉をどこかで聞いた覚えがあるのは、先週も先々週も、土曜の朝に同じやりとりが繰り返されてきたからだ。
週末の予定表に「夫、叔父宅」とそのまま書き込めば、ほとんど埋まってしまうことに、結婚してから少し経った頃にようやく気づいた。
優しさに置いていかれる新婚の私
育ての親への恩を、否定する気はまったくない。
叔父夫婦に挨拶へ伺った時、夫が彼らの前で見せるくつろいだ表情は、心からほぐれた本物の顔だった。
だからこそ、声を荒らげて止めることはできない。
さりげなく「たまには二人で過ごしたいな」と伝えても、夫は柔らかく頷きながら、翌週もきちんと電話に応えて出かけていく。
(私の場所は、この家のどこに作られていくのだろう)
一度だけ、玄関の方を向く夫の背中に小さく声が漏れたことがある。
「私より叔父が大事なの?」
夫はその声に気づかず、軽い足取りで玄関を出ていった。残されたトーストを片付けながら、ふと思う。夫は冷たい人ではない。むしろ家族を大事にする、優しい人だ。その優しさの方向が、新婚の妻ではなく、育ての叔父夫婦に向いているだけのこと。
誰も悪くない。それなのに、私の休日だけが、毎週静かに置き去りにされていく。リビングに残された二人ぶんのカップ、半分残ったサラダ、テレビから聞こえる午前中の番組の音。そ
れらに囲まれてひとりで過ごす数時間が、結婚式の日に思い描いていた新婚生活の景色とはずいぶん違っていた。新婚生活の真ん中に、ぼんやりとした輪郭の不在感がいつまでも居座り続けている。
※tendが独自に実施したアンケートで集めた、20代・女性読者様の体験談をもとに記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














