「マナー以前の問題なので」会計時、カードも現金もなかった彼。我慢出来なかった私が取った行動とは
レジ前の長い数分
レジの端末から、決済エラーの短い音が二度、三度と続いた。
マッチングアプリで知り合った男性は、自分の財布をのぞき込んでは、ポケットを探って、また財布を開ける。
同じ動作を繰り返している。汗ばんだ額を手の甲でぬぐう仕草が、見ているこちらまで居心地悪くさせた。
「すみません、お会計お願いできますか」
と私が店員さんに声をかけたのは、後ろの列が四人ほどに伸びた頃だった。
彼はしどろもどろで「いや、ちょっと、もう一回試して」と粘っていたが、店員さんも困り顔で首を振っている。
(もう無理でしょ)
そう判断した私は、自分のカードを差し出して、二人分の支払いを済ませた。
彼は「ありがとう、助かる」と何度も繰り返したけれど、その声には初対面の人間に対する遠慮がほとんど感じられなかった。
違和感の答え合わせ
食事中から、小さな違和感はずっと積もっていた。
フォークを置く位置、口の開け方、皿の縁を指でなぞる仕草。
プロフィールに並んでいた「穏やか」「ていねい」という言葉は、実物と少しずれていた。
けれど私は、その違和感を「初対面だから」と片付けようとしていた。緊張で食事のペースが乱れているだけかもしれない、と。会計のトラブルが起きてようやく、いろんな点が一本の線でつながった気がした。
マナーが粗いのではなく、相手に整えた姿を見せようという意識そのものが薄い。
準備をする、というあたりまえの段取りが、たぶん日常的に抜けている。
それは初対面の女性とのランチだから繕える、という質のものではないのだ。
これから関係を続ければ、私が代わりに段取りをする側に回らされる未来しか見えなかった。
最初に会った日のレジで、相手の本性が一番くっきり見えるとは思っていなかった。
けれど、結果として早い段階で答えが出たのは幸運だったとも言える。
先に出るという選択
「立て替え、ありがとう。今度返す」
そう小声で言う彼に、私は伝票の控えだけ渡した。
「返さなくていいです、マナー以前の問題なので」
「私はもう出ますね」
彼を席に残したまま、私は店のドアを押して通りへ出た。
春の昼下がりの空気が、奇妙なくらい澄んで感じられる。スマホを取り出し、アプリのトーク履歴をその場で削除した。
次のメッセージを待つ必要も、返事を考える必要も、これでもう一切ない。歩道を歩き出した瞬間の身軽さは、二時間の食事をはるかに上回って清々しい解放だった。
※tendが独自に実施したアンケートで集めた、20代・女性読者様の体験談をもとに記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














