「ちょっと味見ね」味見したスプーンをそのまま鍋に戻す義母→合わない価値観にモヤモヤした
気になりはじめたのはある晩
義母は料理上手で、訪ねるたびに食卓に手の込んだ一品が並ぶ。
干物の煮つけ、薄味の筑前煮。几帳面に味を整える姿に、「こういう家庭料理を作れる人ってすごいな」と素直に思っていた。
嫁として居心地の悪さを感じることもなく、穏やかな時間を重ねてこられたのは、義母の気さくな性格のおかげでもあると思っている。
あの習慣に気づくまでは。
ある晩、義母が煮物を仕上げながらスプーンを手に取った。ひと口すくい、そっと口に運ぶ。
「ちょっと味見ね」
そうつぶやき、舐めたスプーンをそのまま鍋の中へ戻した。
くるくると混ぜ、またひと口。醤油を足し、もう一度ひと口。スプーンは一度も替わらなかった。3回、4回と繰り返すうちに、なんとなく目が離せなくなっていた。
(あ、そのまま戻すんだ)
その夜から、鍋をよそってもらうたびに思い出してしまう自分がいる。最初に気づいた夜のことが、ふとした瞬間によみがえる。
言い出せない理由
義母の人柄を疑っているわけではない。
むしろ、これだけ親身にしてもらえる義母に恵まれたのは幸運だと思っている。感謝は本物だ。それは今も変わらない。
だからこそ、言葉が見つからない。
「スプーンを替えてほしい」と伝えることが、義母の長年の習慣を否定することになるかもしれない。
笑顔で返してくれる義母に水を差したくない、という気持ちが先に立ってしまう。指摘したあとの空気がどうなるかを想像すると、「ここはそっとしておこう」という結論になる。
何十年と続いてきた手順を、嫁の一言で変えてもらうというのは、なかなか踏み出しにくいことでもある。
夫に相談すると、「気にしすぎじゃないか」と言われた。確かに、衛生感覚の基準は人によって違う。自分が神経質なだけかもしれない、と頭では分かっている。
でも、同じように感じる人が他にいないのか、どこかで確かめたくなることもある。
義母のことは好きだ。人柄の良さも、料理の腕前も、誰かに話せば「いい義母さんだね」と返ってくるような人だということも分かっている。だからこそ、この違和感がいつまで経っても小さくならないのかもしれない。
それでも、台所から食欲をそそる匂いが漂ってくると、一瞬だけ箸が止まる。義母の顔を見れば笑顔を返せるし、「おいしい」と言うのも本当のことだ。
ただ、あのスプーンの行方だけが、どうしても頭の隅に残り続ける。
穏やかな関係を守りたいのに、衛生感覚のずれだけが拭えないまま、今日の食卓にも座っている。
※tendが独自に実施したアンケートで集めた、40代・女性読者様の体験談をもとに記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














