店員「邪魔なんで、後にしてくれます?」雑貨店で要件を遮られ続けた8年→翌日に放った一言で変わった日常
飲み込んだ一言の重さ
仕事帰りに立ち寄った雑貨店でのことだ。棚の商品の場所を確認しようとして、レジそばにいた店員に近づいた。
「邪魔なんで、後にしてくれます?」
「すみません」と出した瞬間、店員にそう吐き捨てられた。別のスタッフに呼ばれた相手は私を一瞥もせず奥へ消えていき、続きの一言を出せないまま立ち尽くした。8年通っている雑貨店で、こういう扱いを受けたのは初めてではなかった。忙しそうだ、邪魔をしたくない。いつもの感覚が動いて、要件を飲み込んだまま店を出た。
夕方の混雑する時間帯で、店員たちは絶えず動き回っていた。もう一度だけ捕まえようとしたが、視線も合わせてもらえないままレジに列ができはじめ、結局そのまま外に出た。
帰り道がやけに長く感じた。モヤモヤというよりも、静かな後悔に近い感触だった。相手が悪いわけじゃない。それはわかっていた。でも、胸のくすぶりがなかなか消えなかった。
(でも、どうして毎回こうなるんだろう)
思い返すと、いつも似たような場面でこうしてきた。食堂でオーダーを後回しにして結局言えなかったこと。窓口でもう少し確認したかったのにそのまま流したこと。
「迷惑だったら悪いから」
その感覚が常に先に動いていた。そういう小さな積み重ねが、気づかぬうちに自分を疲れさせていたのかもしれない。
翌日、小さな一歩を踏み出した
帰宅してから、ふと考えた。相手が忙しいかどうかは声をかけてみなければわからない。断られたら諦めればいい。でも聞かずに帰ることで、モヤモヤは毎回自分の中に残る。
過剰な遠慮は、相手への配慮ではなく、傷つきたくない自分への保険なのかもしれなかった。そう気づいたのは、電車の中でぼんやりしていたときのことだ。
翌日の昼休み、別の店で同じような状況になった。忙しそうに動いている店員に声をかけようとして、一瞬ためらった。でも今度は「少しだけいいですか」と口にした。店員は立ち止まり、笑顔で「はい、どうぞ」と答えてくれた。
ただそれだけのことだったが、昨日の帰り道に残っていたモヤモヤが確かに薄くなった気がした。自分の遠慮がいつの間にか習慣になっていたと気づいた日。相手の事情を想像することは大切だが、それが行動を止める言い訳になっていたなら、少し立ち止まって考え直すことが必要なのかもしれない。変えるのは、思っていたほど難しくないのかもしれない。
※tendが独自に実施したアンケートで集めた、30代・男性読者様の体験談をもとに記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














