tend Editorial Team

2026.08.18(Tue)

「実は、今日でここを辞めるんです」ほとんど話さなかった常連客。だが、最終出勤日の何気ない会話に心温まった瞬間

「実は、今日でここを辞めるんです」ほとんど話さなかった常連客。だが、最終出勤日の何気ない会話に心温まった瞬間

毎週金曜日に来る常連客

学生のころ、商店街にある小さなカフェでアルバイトをしていました。

金曜日の夕方になると、ほぼ決まった時間に来る年配の男性がいました。

店に入ると窓際の席に座り、メニューを開くこともなく注文します。

「ブレンドを、ホットでお願いします」

注文は毎回同じでした。

私が「かしこまりました」と答えても、そのあとは特に会話はありません。コーヒーを運ぶと軽く頭を下げ、ゆっくり飲んで帰っていきます。

最初のころは、少し緊張するお客さんでした。

怒っているわけではありません。ただ、表情があまり変わらず、必要なこと以外はほとんど話さないので、こちらから雑談をするきっかけもつかめなかったのです。

いつの間にか覚えていたこと

それでも毎週顔を合わせているうちに、私も男性のことを少しずつ覚えるようになりました。

いつもブレンドを頼むこと。砂糖もミルクも使わないこと。窓際の席が空いていれば、ほぼ必ずそこに座ること。

ある寒い日のことです。

男性が店に入り、いつもの席に座ったので、私は注文を聞きに行きました。

「ブレンド、ホットですよね」

そう言うと、男性が一瞬こちらを見ました。

「覚えてくれてるんだ」

「毎週いらっしゃいますから」

私が答えると、男性は小さく笑いました。

それまで笑った顔を見たことがなかったので、少し驚いたのを覚えています。

それからも会話が急に増えたわけではありません。ただ、ときどき「今日は寒いね」「雨がひどいね」と、男性のほうから一言だけ話しかけてくれるようになりました。

私も以前ほど緊張せずに接するようになっていました。

アルバイト最後の金曜日

大学を卒業することになり、私はそのカフェのアルバイトを辞めることになりました。

最後の出勤日は金曜日でした。

いつもの時間になると男性が店に入り、いつもの窓際の席に座ります。

私はコーヒーを運んだあと、思い切って声をかけました。

「実は、今日でここを辞めるんです」

男性は少し驚いたように顔を上げました。

「そうなの。卒業?」

「はい。春から就職することになって」

「それは、おめでとう」

それだけ言うと、男性はいつものようにコーヒーを飲み始めました。

やはりあっさりした人だなと思いながら、私はほかのお客さんの対応に戻りました。

一時間ほどして、男性が会計に来ました。

代金を受け取ると、男性は財布をしまいながら言いました。

「毎週、注文を覚えていてくれたでしょう」

「はい」

「あれ、うれしかったよ」

私は思わず男性の顔を見ました。

「いつも覚えていてくれて、ありがとう。仕事、頑張ってね」

そう言って、男性はいつものように店を出ていきました。

特別に長い会話をしたわけでもありません。男性がどんな仕事をしているのか、どこに住んでいるのかも、最後まで知りませんでした。

それでも、毎週同じ時間に顔を合わせ、同じ注文を聞いていたことを、相手もちゃんと覚えてくれていたのだと知りました。

接客では、会話の多さだけが距離の近さではないのかもしれません。

社会人になった今でも、金曜日になると、ときどきあの窓際の席と「ありがとう」という一言を思い出します。

※本記事は、tendが独自に実施したアンケートで寄せられた30代男性読者の体験談をもとに、プライバシーに配慮し、人物・状況・会話表現などを一部編集・再構成して記事化しています

※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。

RANKING

OTHER ARTICLES

NEW 2026.10.05(Mon)

「えー、かわいい!これ着る!」買い物に失敗したと思った母。数年後、娘を見て笑った理由
tend Editorial Team

NEW 2026.10.05(Mon)

「昨日のは、なんていう曲?」隣のお風呂の歌声を気にしていた私。だが、ママ友の一言で固まった理由
tend Editorial Team

NEW 2026.10.05(Mon)

「Mなら余裕だよ」とサイズ表を見なかった私。だが、届いたジャケットを長男が着て分かった勘違い
tend Editorial Team

RECOMMEND

2026.02.19(Thu)

「夜景が綺麗すぎて感動しちゃった」とセレブ自慢する友人。だが、友人がSNSに上げた写真を見ると、化けの皮が剥がれた
tend Editorial Team

2026.04.06(Mon)

「待ってました!」「告知までに一週間もかけることかよ」と賛否両論。ヒカキン、1年以上かけた新商品を発表
tend Editorial Team

2026.04.17(Fri)

「悪い冗談かと思った」「これは誇っていい」と賛否の声。高市早苗首相が「世界で最も影響力のある100人」に選出
tend Editorial Team