「30分たっても、話は終わらない」クレームではない電話を切れずにいた私。帰り際に感じた本音とは
それは、クレームではない電話だった
レジャー施設の事務所で電話が鳴ると、私は少しだけ身構える。
受話器の向こうの声には、ときどき厳しい言葉が混じるからだ。
けれどその日、聞こえてきた年配の女性の声は、最初からうれしそうだった。
「先日うかがったときのことで、どうしてもお伝えしたくて」
女性は、家族と出かけた日のことを話し始めた。天気がよかったこと、休憩所から見えた景色がきれいだったこと、係の人がとても感じよく応対してくれたこと。
話すたびに声が少し弾んで、そのたびに私も自然と相づちを返していた。
「あんなに笑ったのは、久しぶりだったんですよ」
その一言に、私は素直にうれしくなった。
事務の仕事をしていると、来場した人の顔を直接見る機会はほとんどない。
自分の働く場所が誰かの良い一日になったと、本人の声で聞ける機会は、そう多くないのだ。だからしばらくは、手を止めて聞いていた。
「それでね、あの日は本当に天気がよくて」
ただ、話は終わらなかった。景色の話がすむと、また天気の話に戻る。
応対の話が終わると、もう一度、景色の話が始まる。
同じ言葉が、同じ順番で戻ってくる。受話器を持ち替えながら、私は同じことを繰り返し考えていた。
「30分たっても、話は終わらない」
受話器を置いた夜に、考えていたこと
相づちが、だんだん短くなっていくのが自分でもわかった。
同じ言葉を、同じ調子で返すだけになっていく。それでも女性は気づく様子もなく、機嫌よく話し続けた。
「聞いてくださって、ありがとうねえ」
ようやく通話が終わったとき、私は正直にほっとしていた。肩から力が抜けて、そのぶん机の上の現実が目に入った。
そして、そのほっとした自分に、あとから少しだけ胸がざわついた。
帰りの電車で窓の外を眺めながら、私はあの声を思い出していた。
あの人は、あの話を誰に聞いてほしかったのだろう。楽しかったことをそのまま話せる相手が、近くにどれだけいたのだろう。
そう考えると、早く切りたいとばかり思っていた自分が、うしろめたくなる。
「もう少し、ちゃんと聞けばよかったのかな」
けれど、あのとき私の机には仕事が残っていた。それも間違いなく事実だ。
丁寧に、けれど短く終わらせる方法が、あの電話にはあったのだろうか。あったとして、それをあの人は喜んでくれただろうか。
弾んだままだったあの声と、積み上がっていた書類。どちらも本物だったから、私はいまだに、どちらを選べばよかったのか決められずにいる。あの夜からずっと、その問いだけが手元に残っている。
※本記事は、tendが独自に実施したアンケートで寄せられた40代女性読者の体験談をもとに、プライバシーに配慮し、人物・状況・会話表現などを一部編集・再構成して記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














