「次の停留所で降りますから」閉め切ったバスで広がった弁当のにおい。注意された乗客の主張とは
湯気が上がって、車内の空気が変わった
用事があって、午後の路線バスに乗ったときのことです。座席は半分ほど埋まっていて、私は通路側の席から窓の外を眺めていました。
通路をはさんだ少し前には、大きな鞄を足元に置いた男性が座っていました。
発車して間もなく、その男性が膝の上に紙の包みを広げました。中から出てきたのは、ひもを引くとその場で温まるタイプの弁当でした。
男性がひもを引くと、しばらくして箱のすき間から白い湯気が立ちのぼりました。
最初は「お弁当か」と思っただけでした。
ところが、たれと焼いた肉のようなにおいが思った以上に強く、閉め切った車内にどんどん広がっていきます。
後ろから、小さな声が聞こえました。
「うわ、けっこうにおうね…」
「窓、開かないのかな」
私も自分の席の窓に目をやりましたが、開けられるつくりではありませんでした。
すると、斜め前に座っていた女性が少し迷ったあと、男性へ声をかけました。
「すみません。そのお弁当、においがけっこう広がっていて…。ふた、閉めてもらえませんか」
男性は箸を止め、周囲をちらりと見ました。
「ああ、すみません。でも、次の停留所で降りますから」
申し訳なさそうではありましたが、弁当をしまう様子はありません。
女性は少し困った顔で前を向き直りました。
ところが数分たっても、においは薄くなりません。むしろ温まったぶん、さっきより強く感じるほどでした。
女性がもう一度、遠慮がちに声をかけました。
「ごめんなさい。やっぱり、ちょっときつくて…」
男性は今度は少しだけ眉を寄せました。
「もうすぐです。次の停留所で降りますから」
その声には、「あと少しなんだから」という気持ちがにじんでいるように聞こえました。
しばらくして、他の席からも男性の声がしました。
「悪いけど、ちょっとだけ閉めてもらえないかな。車内だからさ」
すると男性は、弁当を見たまま答えました。
「すみません。次の停留所で降りますから」
同じ言葉を三度聞いたところで、車内はかえって静かになりました。
窓が1つ開いて、風が入ってきた
やがてバスが次の停留所に入り、ゆっくり止まりました。
扉が開くのとほぼ同時に、運転席のほうで小さな金具の音がしました。
運転手が手を伸ばし、横の窓を少し開けたのです。
「においがこもっているので、少し風を入れますね」
後ろから「お願いします」と声がして、私も思わず小さくうなずきました。
外の空気が入ってくると、車内にこもっていたにおいが少しずつ薄まっていきました。
男性もそこで箸を置きました。
「すみませんでした」
そう小さく言って弁当のふたを閉じ、包み直して鞄へしまいます。
そして立ち上がると、運転席の横を通るときにもう一度頭を下げました。
「ありがとうございました。降ります」
「はい、お気をつけて」
男性は、言っていたとおりその停留所で降りていきました。
扉が閉まり、バスが再び走り出します。
開いた窓から入る風に、残っていたにおいも少しずつ流されていきました。
男性にとっては「次で降りるから、あと少し」という感覚だったのかもしれません。
それでも、同じ車内で過ごす人にとって、その数分は意外と長いものなのだと感じた出来事でした。
※本記事は、tendが独自に実施したアンケートで寄せられた50代女性読者の体験談をもとに、プライバシーに配慮し、人物・状況・会話表現などを一部編集・再構成して記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














