「大事なものなので。下には置きたくないんです」朝の優先席でぬいぐるみが一席を使っていた。席が空いたあと年配女性がかけた言葉
手すりにつかまっていた年配の女性
朝8時前の電車は、その日も混んでいました。
私はドアの近くから少しずつ奥へ押され、気づけば優先席の前に立っていました。
目の前には若い女性が座っていて、その隣には大きなぬいぐるみが置かれていました。背もたれに寄りかかるほどの大きさで、一人分の座面をほとんど使っています。
私の隣には、紙袋を持った年配の女性が立っていました。電車が揺れるたびに、手すりを握る手に力が入っています。
しばらくすると、年配の女性が若い女性へ遠慮がちに声をかけました。
「あの、すみません。こちら、空けてもらえますか?」
若い女性は顔を上げ、隣のぬいぐるみを見ました。
「…これ、大事なものなので。下には置きたくないんです」
「そうなのね」
年配の女性はそれ以上言わず、また手すりにつかまりました。
ぬいぐるみは少し色あせていて、長く大切にされてきたもののように見えました。
若い女性にも、雑に扱いたくない気持ちがあるのでしょう。
ただ、立っている人が何人もいる車内で一席を使っていることには、やはり違和感が残りました。
次の駅を出たところで電車が大きく揺れました。
年配の女性の体がぐらりと傾き、私も思わず腕を伸ばしかけました。
体勢を戻したあと、年配の女性は少し申し訳なさそうに、もう一度声をかけました。
「ごめんなさいね。立っているのがちょっとつらくて…やっぱり、こちら空けてもらえないかしら」
若い女性は困ったようにぬいぐるみを見ました。
「でも、この子を置けるところがなくて…」
ぬいぐるみを抱き上げた女性
そのやり取りを聞いていた、優先席の斜め前に立つスーツ姿の女性が口を開きました。
「すみません。抱えるのも難しいですか?こちらの方、さっきから少しつらそうなので」
責めるような口調ではありませんでした。
若い女性は年配の女性を見て、少し黙りました。
それから「…分かりました」と小さく答え、ぬいぐるみを両腕で抱き上げました。
空いた席に、年配の女性がゆっくり腰を下ろします。
「ありがとう。助かったわ」
若い女性はぬいぐるみを胸の前で抱えながら、「いえ……すみません」と視線を落としました。
すると年配の女性は、ぬいぐるみを見て少し笑いました。
「大事な子なのね」
若い女性は意外そうに顔を上げました。
「……はい。ずっと持っているんです」
「そう。だから置きたくなかったのね。でも、抱えてくれてありがとう」
「こちらこそ…すみませんでした」
そこで会話は終わりました。
誰かが強く叱ったわけでも、若い女性が急に考えを変えたわけでもありません。
大切なものを守りたい気持ちと、混んだ車内では席を譲ってほしいという気持ち。その両方を否定せずに伝えた年配の女性の言葉が、なぜか長く心に残りました。
※本記事は、tendが独自に実施したアンケートで寄せられた30代女性読者の体験談をもとに、プライバシーに配慮し、人物・状況・会話表現などを一部編集・再構成して記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














