「荷物、どけてもらえませんか」優先席をリュックでふさいだ男性。断った直後、向かいの乗客が静かに立ち上がった
リュックが置かれた優先席
社会人になって2年目のころ、朝の通勤電車でのことです。車内はほどよく混んでいて、私はドアの横に立っていました。
優先席には若い男性が1人座っていて、その隣の席には黒いリュックが置かれていました。男性は大きなヘッドフォンをつけ、スマートフォンの画面を見ています。
次の駅で、お腹の大きな女性が乗ってきました。
女性は手すりにつかまりながら車内を見回し、優先席の前で足を止めました。
若い男性も一度だけ顔を上げました。女性のほうをちらりと見ましたが、そのまま再びスマートフォンへ視線を戻します。
隣の席には、まだリュックが置かれたままでした。
見ていた私まで落ち着かなくなってきたころ、近くに立っていた年配の女性が男性に声をかけました。
「すみません。隣の荷物、ちょっとどけてもらえませんか?」
男性は気づかなかったのか、反応しません。
年配の女性がもう一度、「すみません」と声をかけると、男性はようやくヘッドフォンを片方ずらしました。
「…俺ですか?」
「はい。この方が座れそうなので、荷物だけお願いできます?」
年配の女性がお腹の大きな女性のほうを見ると、男性は少し眉を寄せました。
「でも、本人は別に座りたいって言ってないですよね?」
突然話を振られた女性は、困ったように首を振りました。
「あ…私は大丈夫です」
「ほら、大丈夫って言ってるじゃないですか」
男性はそう言って、再びヘッドフォンを耳に戻しました。リュックもそのままです。
年配の女性は何か言いかけましたが、それ以上は続けませんでした。
お腹の大きな女性も「すみません」と小さく頭を下げ、手すりを握り直しました。
新聞をたたんだ男性が立ち上がった
そのとき、向かい側の席で新聞を読んでいた年配の男性が、静かに新聞をたたみました。
そして席を立つと、お腹の大きな女性に声をかけます。
「よかったら、ここ座ってください」
女性は驚いて、すぐに首を振りました。
「えっ、でも…いいんですか?」
「大丈夫ですよ。私はもうすぐ降りますから」
「ありがとうございます。本当に助かります」
女性は何度も頭を下げてから、その席に腰を下ろしました。
年配の男性は「どういたしまして」と短く答え、吊り革につかまりました。
少ししてから、優先席に置かれたままのリュックに目をやります。
「せめて荷物は膝に置いたほうがいいんじゃないですか」
強い口調ではありませんでした。
若い男性はすぐには返事をせず、スマートフォンの画面を見たままでした。
けれどしばらくするとヘッドフォンを外し、ちらりと周囲を見回しました。
誰かがさらに責めることはありません。車内には、少し気まずい沈黙だけが残っていました。
次の駅に着くと、男性はリュックを持ち上げて肩にかけました。
そして何も言わずに席を立ち、そのまま隣の車両へ移っていきました。
二つ並んだ優先席が空いたのを見て、最初に声をかけた年配の女性が小さく息をつきました。
私はその様子を見ながら、誰かに注意することの難しさを感じていました。
相手を強く責めなくても、「今、その席を必要としている人がいる」と伝えることはできます。
朝の電車で交わされた短いやり取りが、その日はなぜかずっと心に残りました。
※本記事は、tendが独自に実施したアンケートで寄せられた20代女性読者の体験談をもとに、プライバシーに配慮し、人物・状況・会話表現などを一部編集・再構成して記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














