「若い人なら、すぐ終わるでしょ」朝から台所に立ち続けた私。だが、親戚の一言に救われた
「若い人なら、すぐ終わるでしょ」
夫の実家で迎える正月は、毎年たくさんの親戚が集まります。
その年も朝から座敷には人が集まり、私は義母と一緒に料理を並べるつもりで早めに起きました。
ところが義母は、「煮物は温めるだけだから」「お皿はそこにあるから」と言い残し、親戚が到着すると座敷へ行ってしまいました。
結局、私は一人でおせちを器に移し、煮物を温め、人数分の箸や取り皿を用意することになりました。
座敷からは楽しそうな話し声が聞こえてきます。
「小皿が足りないよ」
「お茶もお願い」
声がかかるたびに手を止め、棚を開けたり、お湯を沸かしたりしました。
夫も座敷にいました。何度か台所の前を通りましたが、「大丈夫?」と声をかけるだけで、そのまま戻っていきます。
昼近くになり、ようやく料理を出し終えたころ、義母が空になった皿を持ってきました。
「若い人は手際がいいから、こういうのもすぐ終わるでしょ」
私は思わず手を止めました。
朝からほとんど座っていません。それでも義母には、簡単に片付けているように見えているのだと思いました。
「まあ、これくらいはね」
そう答えて、私はまた流しに向かいました。せっかく親戚が集まっている日に言い返して、空気を悪くしたくなかったからです。
「朝からずっと一人でしたよ」
食事が終わると、今度は大量の皿が台所へ運ばれてきました。
夫が数枚だけ持ってきてくれましたが、すぐに座敷へ戻ってしまいました。
私は食器を洗い、残った料理を保存容器に移し、鍋や盛り皿を片付けました。
ようやく一段落して座敷へ戻ったときには、みんながお茶を飲みながらくつろいでいました。
すると、夫の従姉妹が私を見て言いました。
「○○さん、やっと座れましたね」
義母が不思議そうな顔をしました。
「そんなに忙しかった?」
すると従姉妹は、少し驚いたように答えました。
「私、朝早く着いたじゃないですか。そのときからずっと○○さん一人で台所にいましたよ」
さらに、
「お茶を取りに行ったときも、料理を運ぶときも、ずっと一人でした。片付けまでほとんどやってましたよね」
責めるような言い方ではありませんでした。ただ、自分が見たことをそのまま話しただけでした。
義母は少し黙ったあと、私のほうを見ました。
「そんなにやってたの。気づかなかったわ」
それまで何も言わなかった夫も、気まずそうに「俺ももっと手伝えばよかったな」と言いました。
私は「もう終わったから大丈夫」とだけ答えました。
誰かに褒めてもらいたくて動いていたわけではありません。それでも、ずっと「簡単にやっている」と思われているのは少し寂しいものです。
誰も見ていないと思っていた朝の台所。それを見ていた人が一人いたことが、私には何よりうれしく感じられました。
※本記事は、tendが独自に実施したアンケートで寄せられた40代女性読者の体験談をもとに、プライバシーに配慮し、人物・状況・会話表現などを一部編集・再構成して記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














