「今のは私が手を当てたんだ」灰皿を落とした私をかばった常連客→帰り際に残した言葉に心が温かくなった瞬間
灰皿が落ちた音で、店の話し声が止まった
学生のころ、お酒を出す小さなお店で働いていました。
私はお酒が飲めず、働き始めたころは水割りひとつ作るにも手間取っていました。
端の席には、いつも同じ時間に来られる常連の方がいました。
年は私の親くらいで、私がグラスを前に迷っていると、ときどき小さな声で教えてくださいました。
「氷を入れたら、このくらいまで注ぐといいよ」
何度も作っているうちに、少しずつ手が止まらなくなっていきました。
ある晩、店がいちばん混んでいる時間のことです。私はカウンター越しに飲み物を置こうとして、常連の方の前にあった灰皿へ腕を当ててしまいました。
灰皿が床へ落ち、大きな音が響きました。
一瞬、店の話し声が止まりました。
「すみません」と言おうとしたものの、店主がこちらを振り向いたのが見えて、体が固まりました。
店主は仕事には厳しい人で、失敗するとその場できちんと注意されます。
ところが、私が口を開くより先に、常連の方が店主のほうを向きました。
「今のは私が手を当てたんだ」
落ちた瞬間を店主は見ていなかったようで、「そうですか」とだけ返しました。
そして常連の方へ、「お怪我はないですか」と確認すると、すぐにほかの注文へ戻っていきました。
私は慌てて灰皿を拾い、床を片づけました。常連の方を見ると、何事もなかったように席に座っています。
帰り際に言われたのは、失敗のことではなかった
しばらくして店内が落ち着いても、私はその方へ何と言えばいいのか分かりませんでした。
「さっきは…」と声をかけようとしても、その方はいつものように飲みながら、特に何も言いません。
やがて帰る時間になり、その方は席を立ちました。上着を手に取ったところで、一度だけ私のほうを見ました。
「今日の一杯、うまかったよ」
その日に私が作った水割りのことでした。
「ありがとうございました」
そう返すと、その方は軽く手を上げて店を出ていきました。
灰皿のことには、最後まで触れませんでした。
失敗を責められずに済んだことよりも、私にはその一言のほうが残りました。まだ仕事に慣れず、失敗するたびに落ち込んでいた時期です。それでも、自分が作った一杯を「うまかった」と言ってもらえたことで、次の注文にはいつもより落ち着いて向き合えました。
あの店で働いた期間は、それほど長くありません。それでも、床に響いた灰皿の音と、帰り際の「今日の一杯、うまかったよ」という言葉は、今でも覚えています。
※本記事は、tendが独自に実施したアンケートで寄せられた40代女性読者の体験談をもとに、プライバシーに配慮し、人物・状況・会話表現などを一部編集・再構成して記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














