「弁当の間だけ。少しだけだから」運動会でシートに入ってこようとした3人組。だが、夫が断った結果
夫が朝早くから取ってくれた場所
子供が小さかった頃、小学校の運動会の日のことだ。
夫はまだ暗いうちに家を出て、トラックの正面にレジャーシートを敷いてくれていた。
午前中は日陰になる時間が長く、競技も見やすい場所だった。四隅には水筒や椅子を置き、風でめくれないようにしてある。
「五時に来たんだよ」
そう言って笑った夫の靴の先は、朝露で濡れていた。
そこまで早く来てくれたのかと思うと、私は申し訳ないような、ありがたいような気持ちになった。
午前の競技が進み、そろそろ昼休みが近づいてきたころだった。
近所に住んでいる方が、連れの二人と一緒にこちらへ歩いてきた。
三人とも弁当の包みを持っていた。
「うち、誰も場所取ってなくて。弁当だけ持ってきたから、少し入れてもらっていい?」
突然のことで、私はすぐに返事ができなかった。
三人で座れるほど余裕があるとは思えなかったが、座る場所がないのも困るのだろうと思った。
顔見知りだったこともあり、きっぱり断る言葉が出てこなかった。
私が迷っているあいだに、その方はシートの端に腰を下ろそうとした。連れの二人もその後ろについている。
「あの、ここは…」
ようやく私が口を開くと、その方はもう一度言った。
「弁当の間だけ。少しだけだから」
三人が入れば、こちらの荷物を寄せなければならない。シートの端も狭くなる。それでも私は、そこまで考えながら何も言えずにいた。
黙っていた私の代わりに
そこで夫が口を開いた。
「すみません。ここは無理です」
声を荒らげたわけではない。相手を責めるような言い方でもなかった。
ただ、短く、はっきりと断った。
その方は一瞬こちらを見たあと、「あ、そう」とだけ言った。
三人はそのまま立ち上がり、少し離れた場所へ歩いていった。
私は遠ざかる背中を見ながら、ほっとした一方で、少し気まずさも残っていた。
座る場所がなかったのは、本当だったのだろう。
だからといって、こちらが用意した場所へ当然のように三人で入っていいわけでもない。そのことは分かっているのに、自分では断れなかった。
昼休みを知らせる放送が流れ、夫は何事もなかったように弁当の包みを開いた。
私はまだ少し気になって、さっきの三人が歩いていった方向を見ていた。
「言わないと、また来るよ」
夫が競技場のほうを見たまま言った。
「うん、そうだね」
それ以上、その話はしなかった。
あの日、助かったのは場所を守ってもらったことだけではない。自分では言えなかった「無理です」を、夫が代わりに口にしてくれたことだった。
次の年も、夫は早起きをして運動会の場所を取りに行った。
あとから見ると、敷いてあったレジャーシートは前年より少し狭かった。家族が座るには十分だが、必要以上の余裕はない。
「これくらいでいいよ」
夫はそう言って、いつものようにシートの端を整えていた。
私はその様子を見ながら、前年のことを思い出した。断るのが苦手な私にとっては、場所の広さよりも、あの日夫が迷わず言ってくれた一言のほうが、今も強く残っている。
※本記事は、tendが独自に実施したアンケートで寄せられた50代女性読者の体験談をもとに、プライバシーに配慮し、人物・状況・会話表現などを一部編集・再構成して記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














