「これいらないからあげるよー!」ガチャガチャの景品を配り歩いたママ友。だが、景品を配った理由に言葉を失ったワケ
園庭で配られた小さな景品
幼稚園の園庭で、子どもたちが集まるベンチの周りに、ひときわ声の大きいママが立っていた。
40代後半、化粧っ気は薄く、髪をきっちり束ねた肝っ玉母さんふうの女性。
送り迎えのたびに、お菓子やジュースの差し入れを配って歩く姿が、毎朝のお決まりの景色になっていた。
その朝、彼女は手の中で小さなキーホルダーを揺らしていた。
ガチャガチャで出た、誰でも見たことがある安価なキャラクター物。
彼女は片手で何個も握り、若いママの群れに次々と押し付けていった。
「これいらないからあげるよー!」
明るい声に押し切られて、その場にいた数人がそれぞれ受け取った。
子どものリュックに揺れるその色が、その日からグループの目印みたいに増えていった。
一人ずつ外されていく仕組み
違和感に変わったのは、半年ほど経ってからだった。
にぎやかだったランチ会の連絡網から、決まったママだけが外されている。挨拶を返されない人。送迎の輪から離されていく人。
順番に、しかも静かに、輪が入れ替わっていく。
外された人たちには、ある共通点があった。
彼女から受け取ったお菓子やランチ代に対して、お返しを渡していない。
お礼の言葉すら、忘れていた人ばかりだった。
受け取った相手側は気軽に流していた小さなプレゼントを、彼女のほうは一つ残らず帳簿につけていたらしい。
配るたびに笑顔だった理由が、後ろから音を立てて崩れていった。
マーキングだったと気づいた日
家に帰ってから、子どものリュックを開けた。
あの揺れる景品を、そっと引き出しの中に隠した。同じ柄を下げた子が園内にどれだけいるか、思い返すと数が膨らんでいく。
彼女の頭の中では、それが借りのある家庭を見分ける目印として機能していた。マーキングという言葉が、ぴたりと当てはまった。
翌週から、私はお礼を意識して渡すようになった。本当は関わりたくない。
それでも、輪から外された人たちの顔を思い出すと、踏み込む勇気は出てこなかった。あの豪快さの正体を知ってしまった以上、表面だけ穏やかに付き合うしか道がなかった。
園庭から響く明るい笑い声が、いまも妙に冷たく聞こえる。
あの小さなキーホルダーは、いつか必ず捨てるつもりでいる。子の手を引いて門をくぐるたびに、背中で鳴る音が一度も心地よく感じられない。
※tendが独自に実施したアンケートで集めた、30代・女性読者様の体験談をもとに記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














