河野洋平のWikipediaより引用
元衆議院議長、河野洋平氏が死去
自民党総裁や衆議院議長など、数々の要職を歴任した河野洋平氏が6月8日に亡くなったことが明らかとなりました。
父親である河野一郎元農林大臣の地盤を引き継ぎ、1967年の衆院選で政界入りを果たしています。
1976年には当時の党が抱えていた金権体質に強く反発して離党し、「新自由クラブ」を立ち上げました。
その後自民党へ復帰し、1993年の宮沢内閣時代には官房長官として、いわゆる「河野談話」を取りまとめています。
党が野党に転落した厳しい時期には総裁として組織の再建に尽力し、外務大臣や衆院議長といった重責も担うなど、長きにわたり政界の重鎮として大きな存在感を示し続けました。
生前の取材では、日本の安全保障政策の大きな転換に対して熟議の必要性を訴えるなど、自身の政治信条に基づいた姿勢を真っ直ぐに貫いていました。
SNS上では、
「河野洋平さんは良い政治家でした。合掌」
「素晴らしい自民党総裁でした。心からご冥福をお祈り申し上げます。残念です」
「「河野談話」一つで歴史が変わったと言っても過言ではない」
など、さまざまな意見が寄せられています。














