「席譲るとか偽善でしょ」席を譲った私に絡む男。だが、他の乗客の正論に黙り込んだ瞬間
車内に響いた嫌味
その日の帰りの電車は、いつにも増して混み合っていた。
ドア付近では、若い男が一人、さっきからずっと不機嫌だった。
人が乗り込むたびに舌打ちをし、肩がぶつかると大げさにため息をつく。
そこへ、杖をついた70代くらいの女性が乗ってきた。
足元がおぼつかず、つり革にもうまく手が届いていない。
私は迷わず席を立った。
「こちら、どうぞ座ってください」
女性は「ありがとう、助かります」と、深く頭を下げて腰を下ろした。ほっとしたのも束の間だった。
例の男が、私を上から下まで見て、吐き捨てるように言った。
「席譲るとか偽善でしょ」
周りの人たちが、気まずそうに目をそらす。
私は、何と返せばいいのかわからなかった。
杖の女性が申し訳なさそうに私を見上げ、「ごめんなさいね、私のせいで」と小さくつぶやいた。
呆れた乗客の一言
男は調子に乗って、さらに続けた。
「どうせ、いい人アピールしたいだけっしょ。こういう人、苦手なんだよね」
そのときだった。すぐ近くに立っていた会社員風の男性が、スマホから顔を上げて、はっきりと言った。
「聞いてれば呆れる」
男が、ぎょっとして振り返る。会社員はまっすぐに彼を見て、続けた。
「立てないお年寄りに席を譲る。それのどこが偽善なんだ?」
正論だった。反論の言葉が見つからないのか、男の口がぱくぱくと動くだけで、声にならない。
車内が、しんと静まり返った。誰もが、なりゆきを見守っている。
黙って降りていった
座っていた女性も、静かに口を開いた。
「この人はね、私が乗った瞬間に立ってくれたのよ。よく見てもいないで、失礼なこと言うものじゃないわ」
その一言に、周りの何人かが小さくうなずいた。
男の顔が、じわじわと赤くなっていく。
さっきまでの威勢は、すっかり消えていた。
「…そうですか」
ようやく絞り出した言い訳は、誰の耳にも届かなかった。
次の駅に電車が止まると、男は逃げるように、無言でホームへ降りていった。
まだ自分の降りる駅ではなかったはずだ。
人の間をすり抜けていく背中は、ずいぶん小さく見えた。
ドアが閉まると、会社員は何事もなかったように、またスマホに目を戻した。
女性がこちらを見て、ふっと笑う。
「いい人が多くて、よかったわねえ」
その言葉に、こわばっていた気持ちがほどけていった。ただ席を譲っただけのことだったのに、見ず知らずの人たちが味方になってくれた。次の駅で降りるとき、私は車内に向かって、小さく会釈をした。
※tendが独自に実施したアンケートで集めた、50代・女性読者様の体験談をもとに記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














