「財布、家に置いてきたみたい」親戚のランチ代を立て替えた→催促しづらかった金額の小ささが招いた違和感
フードコートで抜いた千円札
買い物に付き合ってほしいと親戚から連絡が来たのは、数年前の休みの日でした。
子どもの入学準備を見てほしいという話で、朝から二人で店をまわりました。
昼になって、フードコートの券売機の前に並びます。親戚がバッグを探る手が止まりました。
「財布、家に置いてきたみたい」
「じゃあ立て替えとくよ」
千円札を一枚抜いて、二人分の食券を買いました。
うどんとかつ丼で、ちょうど収まった記憶があります。信頼していましたし、返ってくるものだと当たり前に思っていました。
夫に話したら返ってきた言葉
翌日も、その次の週も、何も言われませんでした。会えば普通に世間話をして、子どもの写真を見せてくれます。
制服が届いたよ、と嬉しそうに話す横で、バッグに手をかける様子はありませんでした。
夜、洗い物をしながら夫にその話をしました。
「1000円くらい、忘れてただけだよ」
手を止めずに、夫が言います。
「そうなんだけど」
「そんなに引っかかる?」
言われて、うまく返せませんでした。
金額を並べれば夫の言うとおりです。
千円のために親戚と気まずくなるほうが、どう考えても割に合いません。
それでも消えなかったのは、こちらが何も言えない側に固定されてしまったことでした。
1000円なら催促しづらい。
小さいからこそ、切り出す理由が持てない。その小ささが、かえってずっと残っていったのです。
誘いを一つ、断ってみた
次の誘いが来たのは、その年の暮れでした。買い物に付き合ってほしい、という同じ内容です。
「その日は用があるの。ごめんね」
指が勝手に打っていました。
嘘ではありません。用があると言えば済むことに、それまで気づいていなかっただけです。
「そっか、またね」
返信はそれだけでした。角も立たず、責める言葉も要りません。年末年始には親戚の家で顔を合わせて、いつもどおりに話しました。
「最近どう」
「変わらないよ」
変わったのは、こちらの立ち位置だけです。誘いは受けて、支払いはその場で分ける。それを続けているうちに、千円のことは思い出さなくなりました。
いくらだったかではなく、どう扱われたかが引っかかっていた。それが分かった日から、この人との距離は自分で決めていいのだと思えるようになりました。
※tendが独自に実施したアンケートで集めた、30代・女性読者様の体験談をもとに記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














