「お財布を家に忘れてきたみたいで」バスで財布を忘れた女性。だが、運転手がかけた一言とは
精算機の前で、運転手さんはせかさなかった
大学院生だった頃、私は朝の路線バスで研究室へ通っていました。よく座っていたのは運転席のすぐ後ろあたりです。
朝の便はいつも静かで、乗客同士が言葉を交わすこともほとんどありませんでした。
ある朝、降車口の精算機の前で、小柄なおばあさんの動きが止まりました。
バッグの中をのぞき込み、何かを探すように何度も手を動かしています。
運転手さんは何も言わず、ドアを開けたまま待っていました。後ろには降りる人が少しずつ並び始めます。
しばらくして、おばあさんが困ったように顔を上げました。
「ごめんなさい。乗ってから気づいたんだけど、お財布を家に忘れてきたみたいで…」
運転手さんは一瞬だけ驚いた様子を見せましたが、すぐに穏やかな声で答えました。
「運賃は、次に乗ったときで大丈夫ですよ。お気をつけて」
責めるような言い方はまったくありませんでした。
「まあ、本当にごめんなさいね。ありがとうございます」
おばあさんは何度も頭を下げてから、バスを降りていきました。後ろに並んでいた人たちも急かす様子はなく、張り詰めかけていた車内の空気が少しやわらいだように感じました。
数日後、また同じバスで見かけた姿
それから数日後の朝、同じ時間帯のバスに乗っていると、見覚えのあるおばあさんが乗ってきました。
あの日の人だ、と気づいて何となく見ていると、おばあさんは運転席の近くで小銭入れを手にして、運転手さんに声をかけました。
「この前、お財布を忘れて払えなかったでしょう。その分も今日払いたいんです」
運転手さんは事情を聞くと、「ありがとうございます」と答え、支払い方を案内していました。
おばあさんは運賃を支払い終えると、ほっとしたような顔で笑いました。
「これで気になってたのがなくなったわ。あのときは本当にありがとうね」
運転手さんも「いえいえ」と短く返していました。
大げさな出来事ではありません。それでも、困っている人をせかさずに待った運転手さんと、後日きちんと支払いに来たおばあさんの姿が、妙に心に残りました。
その日は研究室までの道を歩きながら、朝から少しだけいいものを見たような気持ちになったのを覚えています。
※本記事は、tendが独自に実施したアンケートで寄せられた30代女性読者の体験談をもとに、プライバシーに配慮し、人物・状況・会話表現などを一部編集・再構成して記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














