「敷地の境、植木が迫ってて」壁をめぐる隣家との小さなやり取りを、母が角を立てずに丸く収めた一言
植木がまた、壁のほうへ
実家の敷地は、低い壁ひとつで隣の家と接している。壁の向こうには畑があり、私が子どものころから、季節の野菜や花が育てられていた。
隣家とは祖父母の代からのご近所で、母も長く付き合いを続けている。顔を合わせれば立ち話をするような、気心の知れた間柄だった。
ただ、ときどき母が気にしていたことがある。
畑の手入れをしているうちに、鉢植えや土が少しずつ我が家との境の壁ぎわまで寄ってくることだった。
すぐに何か困るわけではない。それでも壁のすぐそばに土や鉢が集まったままになるのは、母としては気になるらしい。
古い壁でもあったため、できれば少し離しておいてほしいと考えていた。
ある夕方、母が庭に出ると、隣家の方がちょうど畑で水やりをしていた。
母は壁越しに声をかけた。
「敷地の境、植木が迫ってて」
苦情を言うような口調ではなかった。母は壁ぎわを指しながら、「少しだけ離してもらえる?」と続けた。
隣家の方も「あら、ほんとだ。ごめんなさい」と答え、その場で鉢を少し奥へ移してくれた。
強く言わず、でも黙ってもいない
それで終わればよかったのだが、しばらくすると、また壁の近くに鉢や園芸用品が並ぶことがあった。
畑仕事をしているうちに、使いやすい場所へ少しずつ物が集まってしまうのだろう。わざとこちらへ寄せている様子ではなかった。
母もそれが分かっていたからか、そのたびに強く注意することはしなかった。
「ここだけ、少し空けてもらえる?」
そう声をかけると、隣家の方も「あ、また寄っちゃってたね」と動かしてくれる。
そしてその後は、野菜の出来や天気の話をして、いつものように別れる。それが何度か続いていた。
私は一度、母に聞いたことがある。
「毎回言うの、面倒じゃないの?」
すると母は、あっさり答えた。
「向こうも嫌がらせでやってるわけじゃないでしょう。気づいたときに言えばいいのよ」
もっと強い口調で言うこともできたのかもしれない。しかし、これからも隣同士で暮らしていく相手だ。必要なことは伝えながら、必要以上に話を大きくしない。それが母なりの付き合い方だった。
その後も、ときどき鉢が壁ぎわへ寄ることはあった。それでも母が声をかければ、隣家の方はすぐに動かしてくれた。
大きな揉め事になることもなく、今でも両家は顔を合わせれば普通に話をしている。
黙って我慢するのでも、強く責めるのでもない。気になることがあれば、その都度きちんと伝える。長く続くご近所付き合いだからこそ、母はそんな距離の取り方を選んでいたのだと思う。
※本記事は、tendが独自に実施したアンケートで寄せられた40代女性読者の体験談をもとに、プライバシーに配慮し、人物・状況・会話表現などを一部編集・再構成して記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














