「若いうちのほうがいいっていうからね」義叔父の無神経な質問。だが、義母の一言に救われた瞬間
お酒が回った正月の食卓で、義叔父が私に向き直った
三年前の正月、義実家の座敷には親戚が10人ほど集まっていた。
嫁いでまだ日が浅かった私は、この時期になると数日前からそわそわしてしまう。
それでもその日は、お酒が回るにつれて笑い声が続いて、思っていたよりずっと過ごしやすい席になっていた。
義母は座卓につかず、台所と座敷を何度も行き来していた。手伝いに立とうとすると、そのたびに手で制される。
「いいのよ。今日は座ってて」
義母は普段から多くを話す人ではない。誰かの話に静かにうなずいて、頃合いを見て湯呑みを下げる。そういう人だと思っていた。
盃を重ねていた義叔父が私に向き直ったのは、話題がよその家の子どもの入学式に移ったあとだった。
「そういえば、子どものことはまだ考えてないの?」
まわりの笑い声が、少しだけ小さくなった。
私はとっさに笑おうとした。ここは笑って流すところだと、頭のどこかが勝手に判断していた。
「まあ、こういうことは若いうちのほうがいいっていうからね」
その言葉のあと、座敷が妙に静かになった。膝の上の手が冷たくなっていくのが分かった。
本人に悪気はないのかもしれない。それでも、みんなの前で聞かれたくないことまで踏み込まれたようで、私はどう返せばいいのか分からなかった。
きっと誰かが話題を変えて、そのまま終わるのだろうと思っていた。
台所にいたはずの義母が、私の後ろを通り過ぎた
廊下から、お盆を持った義母が入ってきた。座敷の静けさを見て、何かを察したのだと思う。
義母はお盆を畳に置くと、私の後ろを通り過ぎて、義叔父の正面で足を止めた。
「その話は、もうそのくらいにしましょう。本人たちのことなんだから」
大きな声ではなかった。それでも、座敷の端まで届いていた。義母がこんなふうにはっきり言うところを、私はそれまで一度も見たことがなかった。
「今日はみんなで楽しく過ごしましょうよ」
義叔父は少し驚いたような顔をしてから、「そんな深い意味で言ったんじゃないよ」と小さく言い、盃を置いた。
別の親戚が煮しめの鉢を回すと、止まっていた会話も少しずつ戻っていった。
義母は何事もなかったように立ち上がって、私の前に取り皿を置いた。
「ほら、食べて。冷めちゃうから」
私はうなずくのが精いっぱいで、うまく声が出なかった。
帰りの車の中で、私はその話を夫にしようとした。けれど、順番に説明することができなかった。
「みんなが黙ったとき、お義母さんが止めてくれて…」
そこまで言って、言葉に詰まった。夫はしばらく黙ってから、「母さんらしいな」とだけ言った。
その夜も、なかなか寝つけなかった。
言われたことを思い出すと、今でも少し複雑な気持ちになる。
それでも、あの席で最初に動いたのが義母だったことを思い出すたびに、胸の奥が少しだけ温かくなる。私はあの一言に救われたのだと思う。
※本記事は、tendが独自に実施したアンケートで寄せられた40代女性読者の体験談をもとに、プライバシーに配慮し、人物・状況・会話表現などを一部編集・再構成して記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














