「ずっとあそこから動かないんです」夜のコンビニで何度も見かけた男性。私が夜勤を辞める日に後輩へ伝えたこと
入ってきたのに、どこにも向かわなかった
コンビニで夜勤のアルバイトをしていたころのことです。遅い時間になると客足は落ち着き、店内に私と先輩しかいないことも珍しくありませんでした。
その夜、雑誌の棚を整えていると、自動ドアが開きました。入ってきたのは中年の男性です。
「いらっしゃいませ」
いつものように声をかけましたが、男性は返事をしませんでした。
それ自体は珍しいことではありません。
気になったのは、そのあとでした。
男性は入口のマットの上から動かなかったのです。
買い物かごを取ることも、商品棚を見ることもありません。
数秒たっても同じ場所に立ったままで、顔だけがレジのほうを向いていました。
私は雑誌を棚に戻し、レジへ入りました。
もう一度「いらっしゃいませ」と声をかけましたが、やはり反応はありません。
目が合っているように感じるのに、男性は何も言わず、その場からも動きませんでした。
先輩が出てきても、何も変わらなかった
バックヤードの扉が少し開いていたので、私は棚の陰から小さな声で先輩を呼びました。
「先輩、ちょっと来てもらえますか」
品出しをしていた先輩が顔を出します。
「どうした?」
「入口にいる人、ずっとあそこから動かないんです」
先輩も男性を確認し、段ボールを置いてレジまで来ました。
二人で並んでも、男性は変わりませんでした。商品を見るわけでもなく、声をかけてくるわけでもありません。ただこちらを向いて立っています。
「何か言われた?」
「何も。ずっとあのままです」
先輩も困ったような顔をしました。何かをされたわけではない以上、こちらも理由なく強く声をかけることはできません。
私は釣り銭の受け皿をそろえたり、レジ台を拭いたりしながら過ごしました。本当は棚の整理に戻りたかったのですが、男性の横を通って店内へ出る気にはなれませんでした。
しばらくして別の客が入ってくると、男性はその人と入れ違うように外へ出ていきました。
結局、何も買わず、一言も発しないままでした。
何もされなかったからこそ、説明しにくかった
その後も、同じ時間帯に男性を何度か見かけました。
入店しても商品を選ばず、しばらく入口付近に立ってから帰っていく。こちらから声をかけても、返事はありませんでした。
怒鳴られたわけでも、レジまで近づいてこられたわけでもありません。それなのに、何をするために来ているのか分からないことが、私にはかえって不気味でした。
私はその後、アルバイトを辞めました。男性が今もその店へ来ているのかは分かりません。
最後の勤務の日、次に夜勤へ入る学生の子には一つだけ伝えました。
「入口に立ったまま動かない人がいたら、一人で対応しないで奥の人を呼んでね」
「何かされたんですか?」
私は少し迷ってから答えました。
「何もされてないんだけど、だから余計に分からなかったんだよね」
今でも夜のコンビニを見ると、ときどき思い出します。何かされた記憶ではなく、何も起きないまま向けられていた、あの視線のことを。
※本記事は、tendが独自に実施したアンケートで寄せられた20代女性読者の体験談をもとに、プライバシーに配慮し、人物・状況・会話表現などを一部編集・再構成して記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














