「ずいぶん簡単なんだな」故人を送る席で不満を漏らす親戚。だが、祖父の姉の言葉で空気が一変
乾杯代わりのお茶が回ったあとに、その声は上がった
祖父の通夜と葬儀が終わり、精進落としの席が始まったのは三年前の秋だった。
座敷には親族と、祖父と親しかった知人が集まっていた。
膳が配られても、みんなまだ黒い服のままだった。
祖父の口ぐせや、庭に植えていた木のことを誰かがぽつりと話し、それに別の誰かがうなずく。
そんな静かな時間だった。
喪主の父も、来てくれた人に一人ずつ頭を下げてから、ようやく自分の席に戻った。
お茶が回って少ししたころ、遠縁にあたる六十代の男性が膳を見ながら口を開いた。
「…ずいぶん、あっさりした膳だな」
周りの人が一瞬だけ顔を上げた。
近くに座っていた父の弟が、少し困ったように答えた。
「父が生前に、あまり大げさにしなくていいって言ってたんです」
男性は「そうなのか」とうなずいたものの、膳を見たまま続けた。
「いや、悪いって言ってるんじゃないよ。ただ、もう少し何かあってもよかったんじゃないかと思ってさ」
父の弟はそれ以上返さず、箸を持ち直した。
それで終わるのかと思った。
けれど十分ほどすると、男性は今度は返礼品の話を始めた。
「こういうのも今はずいぶん簡単なんだな。昔はもうちょっと、いろいろあっただろ」
隣にいた親戚が、「まあ、本人がそういうのを嫌がってたから」とやんわり返した。
それでも男性は納得しない様子だった。
「だから文句じゃないって。たださ、せっかく人が集まったんだから、もう少し何かあってもよかったんじゃないかって話だよ」
三度目に、いちばん年上の人が箸を置いた
さっきまで祖父の昔話をしていた人たちも、少しずつ口数が減っていた。
父は聞こえていないふりをするように湯呑みを持っていたが、私はその横顔が固くなっているのに気づいた。
そして三度目だった。
男性が膳の端を見ながら、また同じことを口にした。
「まあでも、俺だったらもう少し」
そのとき、座敷の奥で箸を置く音がした。
祖父の姉にあたる親戚の女性だった。その日集まった中では、いちばん年上だった。
「もう、そのくらいにしませんか」
男性が顔を上げた。
「いや、別に俺は責めてるわけじゃ…」
「分かっていますよ」
女性は声を荒らげなかった。
「でも今日は、この人を送るためにみんな集まったんでしょう。料理がどうとか、お返しがどうとか、今ここで何度も言わなくてもいいじゃないですか」
男性は一瞬、言葉を探すように口を開いた。
「俺だって、悪く言うつもりじゃないよ」
「だったら、なおさらです」
女性はそれだけ言うと、もう一度箸を取った。
座敷に短い沈黙が落ちた。
男性は「…まあ、そうだな」と小さくつぶやき、湯呑みに口をつけた。
そのあと、誰かが祖父の若いころの話を始めた。父もようやく少し笑って、「そんなこともあったな」と答えた。
お開きの時間になると、父は立ち上がり、集まった人たちへ頭を下げた。
「今日は、本当にありがとうございました。父も、みなさんに来てもらえて喜んでいると思います」
声は少しかすれていた。
帰り際、あの男性も父の前で足を止めた。
「…今日は、ご苦労だったな」
父は「ありがとうございます」とだけ返した。
男性はそれ以上何も言わず、靴を履いて座敷を出ていった。
※本記事は、tendが独自に実施したアンケートで寄せられた30代女性読者の体験談をもとに、プライバシーに配慮し、人物・状況・会話表現などを一部編集・再構成して記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














