「管理会社に言ったの、そっちだろ」匿名で相談した騒音。しかし、上階の住人が訪ねてきた夜
毎晩、同じ時間に始まる音だった
二年ほど前のことです。マンションの上の階に、新しい住人が引っ越してきました。
最初の数日は物を運ぶような音がしていましたが、引っ越したばかりなら仕方がないと思っていました。
ところが、次の週から音の感じが変わりました。
夜11時を過ぎるころになると、天井からドン、ドンと、かかとで床を踏むような音が響くようになったのです。
しばらくすると、何か重い物を落としたような音まで混ざります。
隣で横になっていた妻が、天井を見上げました。
「…まただね」
「今日も11時か」
「明日も早いのにね」
「まあ、そのうち落ち着くんじゃないかな」
そう答えたものの、自分でもだんだんそう思えなくなっていました。
連日続くうちに、音が鳴る前から気になって眠れなくなりました。
10時50分を過ぎると、「そろそろ始まるかもしれない」と天井を意識してしまいます。
朝は頭が重く、仕事中にも同じ書類を何度も読み返すようになりました。
十日ほどたったところで、管理会社へ電話しました。
「すみません。夜遅い時間の音について相談したいんですが……」
時間帯や音の様子を話すと、担当の方はこう答えました。
「分かりました。特定のお部屋を名指しせず、生活音について掲示と各戸へのご案内を出します」
私は少し迷ってから確認しました。
「うちから相談したって分からないようにしてもらえますか?」
「はい。部屋番号やお名前は出しません」
「それなら、お願いします」
階段を降りてきた足音が、玄関前で止まった
その日のうちに、集合ポストの近くへ注意書きが貼られ、各部屋にも同じ内容の紙が入れられました。
その夜は、珍しく静かでした。
妻が時計を見ながら言いました。
「今日は大丈夫そうかな」
「このまま静かになってくれたらいいけど」
ところが11時を少し回ったころ、廊下側から足音が聞こえてきました。
階段を降りる音が近づき、うちの玄関前で止まります。
インターホンが鳴りました。
私と妻は顔を見合わせました。
出るか迷っていると、今度はドアを何度か叩く音がしました。
「すみません。ちょっといいですか」
男性の声でした。
私は玄関まで行きましたが、ドアは開けませんでした。
すると、外から少し苛立った声が聞こえました。
「管理会社に言ったの、そっちだろ」
思わず息を止めました。
何も答えずにいると、もう一度ドアが鳴りました。
「聞こえてるよね? そっちが言ったんだろ?」
妻が私のそばまで来て、声を落としました。
「開けないほうがいいよ」
私も小さくうなずきました。
すると外の男性は、さらに語気を強めました。
「こっちは普通に暮らしてるだけなんだけど。管理会社に言ったの、そっちじゃないの?」
同じことを聞かれたのは、それで三度目でした。
心臓が速くなり、手のひらに汗がにじみました。ドア一枚隔てた向こうに相手がいると思うと、返事をする気にもなれませんでした。
しばらくすると、男性は何かつぶやきながら階段を上っていきました。
その直後、天井から一度、ドンと大きな音が響きました。
妻が不安そうに私を見ました。
「……やっぱり、上の人なのかな」
「たぶん。でも、なんでうちだと思ったんだろう」
その夜は、静かになってからもなかなか眠れませんでした。
翌朝、私は管理会社へもう一度電話しました。
「昨日の夜、上の階の人だと思うんですが、うちまで来たんです」
「お部屋まで来られたんですか?」
「はい。『管理会社に言ったのはそっちだろ』って何度も聞かれて……」
担当の方は少し驚いた様子でした。
「こちらからは、お部屋番号もお名前も一切伝えていません」
「そうですよね……」
私たちは直接相手の部屋へ行かず、管理会社を通しただけです。それでも相手は、苦情を入れたのは私たちだと考えたようでした。
それ以来、階段で顔を合わせるのが怖くなりました。出勤するときも、上から人が降りてくる気配がすると、少し待ってから部屋を出ることがあります。
二年たった今も、夜11時ごろになると天井から音が聞こえる日があります。
以前より音が小さい日でも、聞こえた瞬間にあの夜のドアを叩く音を思い出します。胸が速く打ち、指先が冷たくなることもあります。
何度か引っ越しを考えながら先延ばしにしてきましたが、妻とは「次の更新では、今度こそ別の部屋を探そう」と話しています。
真下の部屋なら私たちだと思ったのか、それとも何か別の理由があったのか。あの夜、どうして迷わずうちの玄関まで来たのかは、今も分かりません。
※本記事は、tendが独自に実施したアンケートで寄せられた30代男性読者の体験談をもとに、プライバシーに配慮し、人物・状況・会話表現などを一部編集・再構成して記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














