「えっ。こんなところで会うなんて」偶然再会して話し込んだ2人。止まった朝食の列を動かした、係の人のひと言
うしろから、同じ言葉が2度聞こえた
夫と出かけた旅の三日目。朝食会場に下りたのは、開いて間もない時間だった。
その日は朝からよく歩く予定だったので、しっかり食べておこうと思い、私はまずご飯と味噌汁の台へ向かった。
炊飯器の前では、一人の女性が茶碗にご飯をよそっていた。そのとき、横から来た別の女性が「あれ?」という顔で立ち止まった。
「あら、もしかして…」
ご飯をよそっていた女性も顔を上げた。
「えっ。こんなところで会うなんて」
どうやら知り合い同士らしい。思いがけない再会がうれしかったのか、2人ともその場で笑い始めた。
「いつから来てたの?」
「昨日から。そっちは?」
「うちも昨日。全然気づかなかった」
楽しそうなのは分かる。ただ、最初にいた女性の手には、まだしゃもじが握られていた。
話しながら少し横へ寄る様子もなく、炊飯器の前は2人でふさがったままだった。
私は少し待ってみたものの、話は終わりそうにない。邪魔にならないよう一歩下がると、後ろからトレーを持った人が近づいてきた。
私が台から離れて見えたのだろう。その人は遠慮がちに声をかけてきた。
「あ、お先にどうぞ」
「いえ、私も待ってるところなんです」
「ああ、そうなんですね」
その人も前の様子に気づき、私の斜め後ろで足を止めた。
しばらくすると、さらに別の人が来た。
「どうぞ、先に」
「ありがとうございます。でも、前がまだ空いてなくて…」
その人は炊飯器のほうを見て、「ああ…」と小さく声を漏らした。
気づけば後ろには三人ほどが並んでいた。
誰も2人に声をかけることはなく、近くで食器が触れ合う音だけが妙に大きく聞こえた。
私はいったんご飯をあきらめ、パンの台へ移ることにした。
けれど、パンの台もすでに混み始めていた。かごに残っていたパンはすぐになくなり、パン焼き機の前にはトングを持った人たちが並んでいる。
焼き上がりを待ちながら、私は何度か炊飯器のほうを振り返った。
しゃもじが台に戻されるまで
少しして、飲み物の台を整えていた係の人が手を止めた。
炊飯器の前に人がたまっていることに気づいたらしく、2人のところまで歩いていった。
「恐れ入ります。こちら、いったんお預かりしますね」
声をかけられた女性は、一瞬きょとんとしてから自分の手元を見た。
「あっ、ごめんなさい。私、ずっと持ったままでした?」
「お話の続きは、よろしければお席でどうぞ」
「すみません、つい話し込んじゃって」
もう一人の女性も周りを見て、待っている人たちに気づいたようだった。
「ごめんなさい。気づかなくて」
係の人は受け取ったしゃもじを炊飯器の横へ戻した。
それを合図にしたように、止まっていた列が静かに動き始めた。
2人はまだ話しながらも、今度は少し声を落として席のほうへ歩いていった。
私もパンの列から離れ、ご飯の台へ戻った。
順番が来て茶碗に必要な分だけよそうと、後ろにも人がいるのを確認して、すぐにしゃもじを元の場所へ戻した。
味噌汁も取って席へ戻ると、先に食べ始めていた夫が私の茶碗を見た。
「あ、ご飯取れたんだ」
「うん。やっとね」
「そんなに混んでた?」
私は椀を置きながら答えた。
「混んでたっていうか…」
夫が箸を止めた。
「何かあった?」
「前で知り合い同士が会ったみたいで、そのまま話し込んじゃって。みんな空くのを待ってたの」
「ああ、それで進まなかったのか」
「そう。最後は係の人が声をかけてくれた」
窓際を見ると、あの2人はもう席に着き、楽しそうに話を続けていた。
ご飯の台では、しゃもじが一人ずつの手に渡り、そのたびに元の場所へ戻されていた。
※本記事は、tendが独自に実施したアンケートで寄せられた30代女性読者の体験談をもとに、プライバシーに配慮し、人物・状況・会話表現などを一部編集・再構成して記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














