「今日はもう無理。お願いだから帰って!」深夜1時に隣室から聞こえた声。翌朝、「大丈夫でしたか」が言えなかった理由
深夜1時、隣の玄関から聞こえてきた声
五十代になった今、若い頃に住んでいたアパートのことを思い出す機会はほとんどありません。
それでも、今も妙に覚えている夜があります。
隣に住んでいたのは、一人暮らしの女性でした。
私とは、廊下ですれ違えば「こんにちは」と挨拶をする程度の間柄です。
ときどき男性が訪ねてきているようでしたが、どんな関係なのかは知りませんでした。
その夜、私はなかなか眠れず、布団の中で何度も寝返りを打っていました。
時計が深夜1時を過ぎたころ、隣の玄関あたりから男性の声が聞こえてきました。
「ちょっと待ってよ。まだ話、終わってないだろ」
続いて、女性の声がします。
「もう遅いから。今日は帰って」
「だから、少しだけ話そうって」
「今日はもう無理。お願いだから帰って!」
全部がはっきり聞こえたわけではありません。ただ、普段の会話とは違う空気なのは分かりました。
そのあと、何かがぶつかったような音が一度して、私は思わず体を起こしました。
「大丈夫かな…」
隣へ声をかけたほうがいいのかとも思いました。
けれど、ただの恋人同士の口論かもしれません。
顔を合わせる程度の私が突然出ていったら、かえって気まずくなるのではないか。そんなことを考えているうちに、玄関の扉が閉まる音がしました。
続いて、男性らしい足音が廊下を遠ざかっていきました。
それから隣は静かになりました。
翌朝、いつも通りの挨拶を交わした
翌朝、ほとんど眠れないまま玄関を出ると、ちょうど隣の女性も部屋から出てきました。
一瞬、私は足を止めました。
昨夜のことを聞くべきか迷ったからです。
女性は少し疲れているようにも見えましたが、いつもと変わらない声で言いました。
「おはようございます」
「…おはようございます」
私も同じように返しました。
「昨日、大丈夫でしたか」
その一言が喉まで出かかったのに、結局言えませんでした。
女性が何も話したくないと思っているかもしれない。そもそも、私が聞いていたこと自体を知られたくないかもしれない。
そう考えると、踏み込んでいいのか分からなかったのです。
女性は軽く頭を下げ、そのまま階段を下りていきました。
私も少し間を置いて部屋を出ました。
聞かなかったことが、今も記憶に残っている
その後、隣から大きな言い争いが聞こえることはありませんでした。
女性とも何度か廊下で顔を合わせましたが、お互いにいつも通り挨拶をするだけでした。
しばらくして、隣の部屋から引っ越しの荷物が運び出されているのを見ました。
いつ引っ越すのかも、どこへ行くのかも、私は聞きませんでした。
あの夜、二人の間に何があったのかは今も知りません。
もしかすると、本当にただの口論だったのかもしれません。
それでも翌朝、本人を目の前にして「昨日、大丈夫でしたか」と聞けなかったことだけは、不思議なくらい覚えています。
どこまで踏み込んでいいのか分からない相手ほど、たった一言をかけるのが難しいことがあるのだと、今でもあの朝を思い出します。
※本記事は、tendが独自に実施したアンケートで寄せられた50代女性読者の体験談をもとに、プライバシーに配慮し、人物・状況・会話表現などを一部編集・再構成して記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














