「車内でのお食事はご遠慮ください」毎朝バスでパンを食べる男性。だが、運転手の車内アナウンスで態度が一変
毎朝、同じ席から聞こえてくる音
始業の早い職場に移ってから、私は朝六時半のバスに乗るようになりました。
その時間でも座席はほとんど埋まっていて、通路には立っている人もいます。
まだ目が覚めきっていないのか、話をしている人はほとんどいません。
そんな静かな車内で、毎朝のように聞こえてくる音がありました。
前のほうの席に座っている男性が、膝の上で袋を開ける音です。
ガサガサと袋を開き、中からパンを取り出して食べ始めます。
急いで家を出てきたのかな、と最初はそれくらいに思っていました。
ところが、次の日も、その次の日も同じでした。
ある朝、私の後ろに立っていた二人組から、小さな声が聞こえてきました。
「あ…今日も食べてる」
「ね。毎朝だよね」
少し困ったような声でした。
私も同じことを思っていました。においが強いわけでも、大きな音を立てているわけでもありません。
それでも、静かな朝の車内では、袋の音が妙に耳に残ります。
かといって、自分から「やめてもらえませんか」と声をかけるほどなのかと考えると、それもためらわれました。
結局、誰も何も言わないまま、男性は毎朝パンを食べ続けていました。
「あ、これ…あの人のことかな」
そんなある朝のことです。
男性がいつものように袋を開けて食べ始めてしばらくすると、運転席からアナウンスが流れました。
「おはようございます。恐れ入りますが、車内でのお食事はご遠慮くださいますようお願いいたします」
私は思わず顔を上げました。
誰かを名指ししたわけではありません。いつもの案内に続けるような、落ち着いた言い方でした。
後ろから、かすかな声がします。
「あ、これ…あの人のことかな」
「たぶんね」
男性にも聞こえているはずでしたが、その日は特に反応せず、そのまま食べ終えていました。
翌朝も、男性はいつもの席で袋を開けました。
すると、少ししてまた同じ案内が流れます。
「車内でのお食事はご遠慮ください」
男性の手が一瞬だけ止まりました。
けれど、何事もなかったようにまた食べ始めます。
そして、その次の朝も同じでした。
3日続けてアナウンスを聞いたころには、私も「さすがに自分のことだとは気づいているだろうな」と思っていました。
4日目、袋にかけた手が止まった
4日目の朝。
男性はいつもの席に座り、かばんから袋を取り出しました。
「また開けるのかな」
私はつい、そちらを見てしまいました。
男性の指が袋の端にかかります。
けれど、そのまま数秒、動きませんでした。
少しだけ運転席のほうに目を向けると、小さく息を吐き、袋を開けないままかばんへ戻したのです。
その朝は、いつもの袋の音がありませんでした。
昼休みに、私はその話を同僚にしました。
「3日も同じ案内が流れたの?」
「うん。でも誰も直接は言わなかったんだよね」
「それで、4日目に自分でしまったんだ」
「そう。たぶん、やっと『自分のことかも』って思ったんじゃないかな」
同僚は少し笑って、
「それくらいの伝え方のほうが、逆に効くこともあるんだね」
と言いました。
翌週も、男性は同じ便に乗っていました。
けれど、もう車内で袋を開けることはありません。
誰かに強く注意されたわけでも、言い争いになったわけでもありません。
毎朝の短いアナウンスだけで、男性は自分で行動を変えたようでした。
また静かな朝の車内に戻ったとき、私は少しだけ肩の力が抜けた気がしました。
※本記事は、tendが独自に実施したアンケートで寄せられた30代男性読者の体験談をもとに、プライバシーに配慮し、人物・状況・会話表現などを一部編集・再構成して記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














