「これ、借りていくね」子供の私物を勝手に持っていく親戚。だが、注意した時の親戚の一言に思わず絶句
気づけば、手元から物が消えている
私の家には、距離の近い親戚がよく出入りしている。
本人は「家族みたいなもんだから」と何度も口にする人で、その言葉を最初は素直に受け止めていた。
気を許せる相手がいることは、子育ての中ではありがたいことだとも思っていた。
違和感が芽生えたのは、子どもが小学校に上がったころからだ。
その人が来た日の翌日、子どものペンケースから新品の消しゴムが消えていた。
次の月には、お気に入りのキャラクター付きハンドタオルが見当たらない。
さらにその次は、誕生日にもらった文房具のセットの一部だった。
不思議に思って思い返すと、その親戚は来るたびに、子どもが大切にしている物を手に取り、こう口にしていた。
「これ、借りていくね」
借りるという言葉を使うわりに、返ってこないことが増えていく。
最初の数回は持ってきてくれていた気がするのに、いつの間にか「もらった」という前提に話が変わっていた。
指摘するタイミングを逃したまま、私の中にだけモヤモヤが積もっていった。
家族という言葉の重さに、絶句した
同じやり取りが何度か続いたあと、子ども本人が悲しそうな顔を見せたので、私はそっと声をかけることにした。
怒らせたいわけではない。
ただ、子どもが大切にしていた物だけは戻してほしかった。
そう伝えた瞬間、相手の顔から表情が抜けた。
そして、信じられない言葉が返ってきた。
「家族なのに、そんな細かいこと言うんだ」
怒鳴り声ではない。むしろ落ち着いた口調だった。だからこそ、こちらの胸の奥に強く残った。
普段は明るく振る舞っている人が、この一言だけは妙にひんやりとした調子で発してきたのだ。
その後、品物は確かに返ってきた。けれど、子どもがそれを抱きしめる姿を見ながら、私は何とも言えない冷たさを抱えたままだった。
これまでの何回かの「借りる」という言葉が、本当はどういう意味で使われていたのかが、急に怖くなった。
(家族という言葉を、人を従わせる道具に使う人がいるのか)
距離が近い相手だからこそ、ひとつひとつの違和感が積み重なる重みは大きい。
年に何度か顔を合わせるたびに、こちらが少しずつ疲れていく。
そんな関係になってしまったのだと、静かに気づいた夜だった。子どもの大切な宝物が、あの人の鞄にそっと滑り込まないように。
次に会うときまでに、自分なりの身の守り方をしっかり整えておこう。そう静かに決めて、私はリビングの電気をそっと消した。
※tendが独自に実施したアンケートで集めた、40代・女性読者様の体験談をもとに記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














