「今日は一本、電車を遅らせましたね」ホームで顔を近づけてきた無表情の男。不気味な行動に背筋が凍った
数センチ先に、無表情の顔
通勤で使うホームに、毎朝きまって同じベンチに腰かけている男がいた。
何を考えているのか、まるで読めない顔をしている。
駅で見かけるようになって、もう何か月になるだろう。
名前も知らない。話したこともない。
ただ、私が電車を待つ間、いつも視界の隅にその男が座っている。それだけの、顔なじみとも呼べない相手だった。
ある朝、電車を待って並んでいると、その男が私の背後についた。強い視線を感じて振り向くと、男の顔が、鼻先が触れそうなほど近くにあった。
「ひっ」
思わず声が漏れ、私は後ろへ飛びのいた。
男は何事もなかったように顔を戻し、また前を向いて動かなくなった。
気味が悪かったが、その日はそれで終わった。
ただ一度きりの、妙な出来事。そう思おうとした。
けれど、その日から男は、明らかに私を意識するようになった。
遅らせた一本まで、見ていた
翌日からというもの、ホームに立つたび、遠くから男の目がこちらを追ってくるのが分かった。
私が乗る車両の前へ移動すると、男もいつの間にか、同じ車両の列に並んでいる。
避けようと、別の号車に乗ってみた。すると翌朝には、男はその号車の、私の真正面に立っていた。
どれだけ場所を変えても、結果は同じだった。
先頭車に乗れば先頭車の前で、最後尾に乗れば最後尾の前で、男は私を待っている。
まるで、私がどこに立つかを、乗る前から知っているようだった。
「昨日は、こちらの車両でしたね」
低い、平らな声だった。
「あなたには、関係ないでしょう」
「関係ありますよ。毎朝、一緒なんですから」
返す言葉が見つからなかった。
この男は見ている。
ぞっとして、目をそらすほかなかった。
ある朝、思いきって、いつもより一本あとの電車を待つことにした。
これで会わずに済む。そう思っていた。
ところが、ホームに上がると、男はもうベンチにいて、まっすぐ私を見た。
そして、隣に来てこう言ったのだ。
「今日は一本、電車を遅らせましたね」
心臓が跳ねた。時間をずらしたことすら、この男には筒抜けだった。
「なぜ、そこまで…」
「べつに。あなたを、見ているだけですよ」
男の目には、怒りも笑いも、何の感情もなかった。
ただ、私という人間を観察する、ガラス玉のような目だった。
それきり男は口をつぐみ、私の隣で、同じ電車を待った。
あれから毎朝、あの男はホームのどこかにいる。私が乗る車両へ、当たり前のように合わせて。
今朝も男は無言のまま、ガラス玉のような目で、私が動くのを、じっと待っている。
※tendが独自に実施したアンケートで集めた、60代以上・男性読者様の体験談をもとに記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














