「あれだけの土地だ。分けたところで、一人あたり100万は堅いぞ」四十九日で遺産を語り出す親戚。だが、長男が長男が毅然と制した
故人を偲ぶ集まり
親戚の四十九日を終え、私たちは会食の席へと移りました。
私も六十の半ばになり、こうした法要に呼ばれることも、めっきり増えてきたものです。その日も、しめやかに読経を終えたあとの、静かで穏やかな席になるはずでした。
二十人ほどの親族が膳を囲み、亡くなった人の人柄を、しみじみと語り合っていました。
生前の口ぐせや、やさしかった思い出話に、あちこちで小さな笑みがこぼれます。
しめやかで、それでいて、どこか温かい。故人を送るのにふさわしい、良い集まりだと感じていました。
遺産へ傾いた話
その静けさを破ったのは、末席で酒を重ねていた親戚の男でした。
杯が進むにつれて、その物言いが、少しずつ角のあるものへと変わっていったのです。
やがて男は、声をひそめるでもなく、相続の話を持ち出しました。
土地や家をどう分けるか、だれの取り分がどうなるのか。
故人を送る席には、あまりにそぐわない話でした。
隣に座っていた年配の親族が、やんわりと話題を変えようとしても、男はいっこうに気づく様子がありません。
「あれだけの土地だ。分けたところで、一人あたり100万は堅いぞ」
具体的な金額まで飛び出したとき、あたりの空気が、すっと張りつめました。
手を合わせに来たはずの席で、いつのまにか、露骨な金勘定が始まってしまったのです。
長男が制した理由
そのとき、施主である長男が、静かに立ち上がりました。声を張り上げるわけではありません。けれど、その落ち着いた佇まいに、皆の視線が、自然と一点へ集まっていきました。
「今日は、故人を偲ぶための日です。お金の話は、またの機会にしましょう」
毅然とした、それでいて、角の立たない一言でした。男はきまり悪そうに口をつぐみ、素直に杯を置きます。張りつめていた空気が、そっとゆるんでいくのが分かりました。
帰り道、私は連れ合いに、その席でのことを、ぽつりと漏らしました。
「100万は下らない、と言い出す親戚」
そんな相手を、声も荒らげずに鎮めてみせた長男の器量に、私は心から感心したのです。
おかげでその席は、また、故人を静かに送る穏やかな場所へと戻りました。人を悼む心というものを、あの落ち着いた一言が、しっかりと守ってくれたのだと思います。
※tendが独自に実施したアンケートで集めた、60代以上・男性読者様の体験談をもとに記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














