「天ぷらも入れといて。明日の朝、食べよう」温泉旅館の夕食で料理を詰め続けた父親。だが、支配人の落ち着いた説明に変わった態度
料理の台で、保存容器に詰め始めた夫婦
去年の夏、家族で評判の温泉旅館に泊まったときのことです。
夕食はバイキング形式でした。会場の入口には、料理の持ち帰りを禁止する掲示があり、私も何気なく目を通してから席に着きました。
料理を取ってテーブルで食べ始めたころ、近くで気になる光景を目にしました。
ある家族連れの父親と母親が、持参したプラスチックの保存容器をいくつも取り出し、料理の台の前に立っていたのです。
「ねえ、こっちのお刺身、まだいっぱいあるよ」
母親がそう言うと、父親も料理を見ながら答えました。
「天ぷらも入れといて。明日の朝、食べよう」
二人は刺身や天ぷらを次々と容器に詰め、デザートまで入れ始めました。
周囲のお客さんも気づいたようで、何人かが戸惑った様子で二人を見ていました。
そこへ、料理を補充しに来た男性スタッフが声をかけました。
「お客様、申し訳ありません。お料理のお持ち帰りはご遠慮いただいているんです」
しかし、父親は手を止めません。
「え? こっちは高いお金を払って泊まってるんだけど」
「恐れ入りますが、こちらでお召し上がりいただく決まりでして……」
すると父親は、スタッフのほうを振り向いて声を荒らげました。
「食べきれない分を持って帰るだけだろ! 何が悪いんだよ」
その声に、近くの席のお客さんたちも振り向きました。
私の夫も箸を止め、小さくため息をつきました。
せっかく楽しみにしていた夕食なのに、なんとも落ち着かない気持ちになりました。
支配人の説明に、父親は言葉を失った
やがて父親と母親は、料理を詰めた容器を抱えたまま、会場の入口へ向かいました。
すると、スーツ姿の支配人が足早にやってきて、二人の前に立ちました。
「お客様、少しよろしいでしょうか」
支配人は丁寧に声をかけると、入口にある掲示を示しました。
「こちらにもございますが、お料理のお持ち帰りはご遠慮いただいております」
父親は不満そうな顔で言い返しました。
「だから、食べきれない分を持って帰るだけだって」
しかし、支配人は落ち着いた口調で説明を続けました。
「お気持ちは分かります。ただ、持ち帰られたお料理が傷んでしまうおそれもございますので、お断りしているんです。申し訳ありませんが、詰められたお料理はこちらでお預かりしてもよろしいでしょうか」
父親は何か言いかけましたが、すぐには言葉が出てこない様子でした。
近くのお客さんたちが見守るなか、父親はしぶしぶ容器を一つずつ差し出しました。母親も何も言わず、持っていた容器を支配人に渡しました。
「ありがとうございます。どうぞ、ごゆっくりお食事をお楽しみください」
支配人は容器を受け取り、丁寧に頭を下げました。
二人はうつむき加減で席へ戻っていきました。入口近くに座っていた年配の夫婦も、顔を見合わせて小さくうなずいていました。
ようやく周囲の空気が落ち着いたころ、夫が私に声をかけました。
「天ぷら、揚げたてが出たみたいだよ」
見ると、料理の台には湯気の立つ天ぷらが運ばれてきたところでした。
私たちも食事を再開しましたが、先ほどの光景はしばらく頭から離れませんでした。
せっかくのおいしい料理も、決まりを守って気持ちよく楽しみたいものだと感じた夜でした。
※本記事は、tendが独自に実施したアンケートで寄せられた30代女性読者の体験談をもとに、プライバシーに配慮し、人物・状況・会話表現などを一部編集・再構成して記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














