「お母さん、早くたたんで。恥ずかしいよ」運動会で大きなタープを広げていた母親。だが、娘の一言で黙り込んだ瞬間
観覧スペースを占める大きなタープ
娘が中学生だったころ、妻と運動会を見に行ったときのことです。
運動場の観覧スペースは限られていて、保護者たちは小さなテントやレジャーシートを詰めて並べていました。
私たちが着いたころには座れる場所がなく、妻と一緒にシートの並びの後ろに立つことにしました。
「今年は立ち見だな」
「仕方ないわよ。娘の出番が見えれば十分でしょ」
妻はそう言って笑いましたが、前方を見て表情を曇らせました。
ほかの家族がシートを寄せ合っている中、一か所だけ大きなタープが張られていたのです。
その下にはキャンプ用のテーブルと椅子が置かれ、夫婦らしい男女がゆったりと座っていました。女性は足を組み、テーブルのお菓子をつまんでいます。
周囲には立ったまま観覧している保護者も多く、何人かがタープのほうに視線を向けていました。
しばらくすると、子どもを抱いた保護者がタープのそばへ歩み寄りました。
「あの、すみません。もう少しだけ詰めてもらえませんか?」
すると、椅子に座っていた女性が顔を上げました。
「えっ? 先に来た者勝ちでしょ。うちは朝早くから並んだのよ」
「そうですけど、立っている人も多いので……」
「だから、早く来ればよかったじゃない」
女性はそう言って手を振り、話を終わらせてしまいました。
声をかけた保護者は困ったように頭を下げ、元の場所へ戻っていきました。
私も妻と顔を見合わせましたが、何も言えませんでした。
昼休み、娘が母親に言った一言
昼休みになると、運動場に先生の声で放送が流れました。
「場所が取れなかったご家族もいらっしゃいます。少しずつ詰めていただくよう、ご協力をお願いします」
周囲では保護者たちがシートの端を折り、少しずつ場所を空け始めました。
ところが、タープの女性は動こうとしません。
「早く来た人が損するなんて、おかしいでしょ。たたむ気なんてないから」
周りにも聞こえる声でした。
そのとき、体操服姿の女の子が昼食をとりにタープへ戻ってきました。その女性の娘でした。
女の子は母親の前で足を止め、周囲を見回しました。
近くではシートを詰めている家族がいて、立ったままの保護者たちの視線もタープに集まっています。
女の子はその様子を見て、顔を真っ赤にしました。
「お母さん、早くたたんで。恥ずかしいよ」
母親は驚いたように娘を見ました。
「えっ、何言ってるの。せっかく朝から……」
「もういいから。お願い、たたんでよ……」
娘はうつむいたまま、母親のそばを離れません。
母親は何か言いかけましたが、娘の表情を見て口をつぐみました。
しばらくして、母親はゆっくりと椅子から立ち上がり、タープの支柱に手をかけました。
やがて大きなタープが畳まれると、周囲でもシートの位置を調整し直し、立っていた人たちが座れる余裕ができました。
母親は畳んだタープを足元に置き、周囲と目を合わせようとはしませんでした。
「あなた、ここ座れるわよ」
妻に呼ばれ、私もようやく腰を下ろしました。
午後、娘の出番が来ると、私たちは座ったまま精いっぱい拍手を送りました。
あれだけ頑として場所を譲らなかった母親が、娘の一言で黙って立ち上がった光景は、今でも忘れられません。
※本記事は、tendが独自に実施したアンケートで寄せられた50代男性読者の体験談をもとに、プライバシーに配慮し、人物・状況・会話表現などを一部編集・再構成して記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














