「ちょうど買ってあったから」遊びに来た伯父に自分用のお菓子を渡した祖母→子供時代の私が呑み込んだ違和感
玄関のチャイムと、突然顔を出した伯父
祖母の家の、夏の縁側。
麦茶の入ったグラスに、すうっと水滴が伝って落ちていく、そんな静かな午後でした。
祖母と母が、台所のほうから僕に声をかけてくれます。
「○○、テーブルにお菓子があるよ。好きなだけ食べていいからね」
テーブルの上には、僕のために選ばれたお菓子がいくつも並んでいました。
大袋のチョコ、小箱の和菓子、好物のキャラクターつきお菓子。
子どもの僕にとっては、その日のいちばんのご褒美です。
正座をして「いただきます」と手を合わせかけた、その瞬間。
玄関のチャイムが鳴り、立っていたのは、年に数回しか会わない伯父でした。
手土産はなく、にこにこ顔で「近くまで来たから」と上がり込んできます。
「お、なんかいいもんあるじゃないか」
テーブルの上のお菓子に、伯父の視線が、すっと吸い寄せられました。
祖母から手渡された袋と、子供心に残った違和感
祖母が立ち上がり、台所からビニール袋を取ってきます。
母も後ろから手を伸ばし、テーブルの上のお菓子を、ぱぱっと半分、袋に詰めていきました。
「ちょうど買ってあったから」
祖母は、にこにこと笑いながら、その袋を伯父に手渡しました。
「持って行きな、持って行きな」
母も横でうなずいています。
子どもの僕は、座布団の上で背筋を伸ばしたまま、ただ目で追っていることしかできませんでした。
(…それ、僕のために買ってあったお菓子)
胸の奥でだけ、ぐるぐるとその言葉が回ります。
口に出す勇気は、まったくありませんでした。
伯父はにこにこ顔で「悪いね、悪いね」と袋を抱え、家を出ていきます。
玄関の引き戸の音が聞こえた後、テーブルの上には半分になったお菓子だけが、ぽつんと残っていました。
「さ、食べていいよ」
母が笑顔でそう言ってくれます。
祖母も「たくさん残ってるからね」と微笑みかけてくれます。
けれど、子どもの僕の手は、しばらくお菓子に伸びませんでした。
ふたりに悪気がなかったことは、いまなら分かります。
大人の付き合いには、こういう振る舞いも自然な一部なのだということも。
けれど、当時の僕が呑み込んだ「自分のために用意してもらったはずなのに」という小さな違和感は、何十年経ったいまも、胸のどこかに薄く残り続けています。
子どもの心は、思っていたよりずっと、覚えているものなのです。
※tendが独自に実施したアンケートで集めた、30代・男性読者様の体験談をもとに記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














