「通帳も土地も、私が引き継ぐから」毎日両親を支えた母に、叔母が告げた言葉。親族が距離を置いた理由
六年間、隣の家へ通い続けた母
母は四人きょうだいの長女です。
祖父母の家は私たちの家の隣にありました。
祖母が体調を崩してからの六年間、母はほぼ毎日、祖父母のもとへ通っていました。
朝食の支度を終えると隣へ向かい、祖母の着替えや食事を手伝います。通院の日には付き添い、買い物や洗濯も引き受けていました。
介護サービスを利用していたものの、日々の細かな用事まですべて任せられるわけではありません。
「今日は少し食べてくれたのよ」
夜になって戻ってきた母は、疲れていても祖母のことばかり話していました。
一方、三番目の叔母が顔を見せるのは、年に数回ほどでした。
「私には介護なんて無理だから」
叔母にそう言われても、母は責めませんでした。
「できる人が、できることをすればいいのよ」
母はいつも、そう言っていたのです。
やがて祖母が亡くなりました。それからも母は、一人になった祖父の食事を届けたり、病院へ送迎したりしていました。
叔母が管理し始めた祖父の財産
祖母の四十九日を過ぎた頃から、叔母が頻繁に祖父の家へ来るようになりました。
「お父さんも一人じゃ不安でしょう。お金のことは私が見てあげる」
叔母は祖父と一緒に銀行へ行き、通帳や印鑑の保管場所も把握するようになりました。
ある日、祖父が集めていた骨董品が部屋からなくなっていることに、母が気づきました。
「あの壺や掛け軸はどうしたの?」
母が尋ねると、叔母は淡々と答えました。
「お父さんと相談して整理したの。置いておいても仕方ないでしょう」
祖父に確かめると、売却には同意したようでした。しかし、いくらで売れたのか、そのお金をどうしたのかは、母にもほかのきょうだいにも知らされませんでした。
その後、祖父が亡くなりました。
家族が集まった席で、叔母は封筒から書類を取り出しました。祖父は生前、公正証書遺言を作り、土地と家を叔母に相続させるとしていたのです。
「お父さんの希望だから。通帳も土地も、私が引き継ぐことになっているの」
母は書類を見つめたまま、しばらく何も言いませんでした。
専門家へ相談すれば、遺留分を請求できる可能性もあると聞きました。それでも母は、家族同士で争いたくないと手続きをしませんでした。
ただ、末の叔父は叔母に尋ねました。
「姉さんが長い間、父さんと母さんを支えてきたことは、父さんに伝えていたのか」
「相続とは関係ないでしょう。私は私で、お父さんの財産を管理していたんだから」
叔母はそう言い切りました。
その場にいた親族は、誰も言葉を返しませんでした。
少しずつ途絶えた連絡
土地と家を相続した叔母は、古い家を取り壊し、新しい家を建てました。
それから親族が集まる機会は、目に見えて減っていきました。
叔母が財産を相続したからではありません。これまで母がしてきたことを当然のように扱い、説明を求めたきょうだいにも背を向けたことが、皆の心に残っていたのだと思います。
数年後、叔母が母に電話をかけてきました。
「最近、誰からも連絡が来ないの。どうしてなの?」
母は少し黙ったあと、静かに答えました。
「みんな、財産が欲しかったわけじゃないのよ。ただ、ひと言でも話してほしかったんだと思う」
叔母は何も言わず、電話を切りました。
それ以来、母と叔母が顔を合わせることはほとんどありません。
母は祖父母の介護について、今も後悔はないと言います。
けれど、隣に建つ新しい家を見るたび、ときどき寂しそうな表情を浮かべます。失われたのは財産ではなく、長い年月をかけて築いてきた家族の関係だったのかもしれません。
※tendが独自に実施したアンケートで集めた、50代・女性読者様の体験談をもとに記事化しています
※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。














